『ネザーランド』

ジョセフ・オニール著 『ネザーランド』




ロンドンに住むオランダ人、ハンスのもとにニューヨーク・タイムズの記者から電話がある。ハンスがニューヨーク在住時代に付き合いのあったラムキッスーンの死体が川から発見されたのだという。ハンスは2001年9月11日を挟んだあの頃へと記憶を遡り始める……。


訳者あとがきによれば多くの評者が本作にフィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』の反響を見ているという。確かに野心と滑稽さと不吉さを併せもったようなラムキッスーンはギャツビーのそれを思い起こさせる。

しかし単純に舞台を現在に変えて語り直された作品ではない。一つには、ギャツビー/ギャッツはフランクリンのパロディでもあるように「アメリカ人」として造形されている。その「アメリカ人」がアメリカン・ドリームに裏切られて破滅する物語である。一方のラムキッスーンはトリニダートからの移民である。アメリカン・ドリームの欺瞞はすっかり暴かれたように思える。しかし、とりわけラムキッスーンのような肌の黒い移民にとっては、奇跡としか思えないような有り得ない夢にしがみつくしか、アメリカで上昇の階段を昇る支えになるものはないのかもしれない。

そしてもう一つ大きな差異がある。『ギャツビー』の語り手ニック・キャラウェイはこれから社会に出て行く若者であり、ギャツビーとの出会いはイニシエーションとも言え、ニックの成長小説という側面も持っているといっていいだろう。しかし『ネザーランド』のハンスは、経済的に成功し家庭も築いている。葛藤は抱えていても、もう出来上がっている人間であるといえよう。ニックがまだ白いキャンバスなのだとすると、ハンスは徹底的に空虚な存在のようにも思える。母の死にまつわるエピソードはそれを如実に表している。すでに失われている存在とすらしてもいいのかもしれない。ハンスのクリケットへの偏狭とも思えるこだわりは、その空虚な存在である自らをなんとか支えようということの表れなのかもしれない。

ハンスはラムキッスーンに対してアンビヴァレントな感情を持っている。完全に心を許すことはないが、またどこか惹かれてもいる。これはラムキッスーンの「アメリカン・ドリーム」への態度がそうさせるのだろう。本当にあのような壮大な夢物語を信じているのか、あるいはただの方便なのか。ラムキッスーンの両方向からの不吉さがハンスを不安にさせる。

ハンスがオランダ人であることを考えると「ネザーランド」はオランダを指していると思われるかもしれない。しかし本作で指し示させる「ネザーランド」とはハドソン川流域の、かつて「ニューネザーランド」と呼ばれていた地方から来ているようだ。「アメリカ」そのものが象徴的な「夢」の総体であると同時に欺瞞の象徴でもあり、ニューヨークはさらにそれを煮詰めたような都市である。マンハッタン島を白人はどうやって手に入れたのか。エリス島で移民たちはどのような扱いを受けたのか。

ハンスがすでに失われているように、「アメリカ」も本来ならすでに失われているはずなのだ。しかしそれを直視してしまうのは、砂上の楼閣に手を触れるような結果になってしまう。なんとか繋ぎ止めなければならない。
911はそのすでに失われたアメリカを見せ付けられた出来事だった。「世界は変わった」のではなく、「アメリカは気づかされた」と考えるべきであろう。そしてそれに耐えられない人々は、その現実から再び目をそむけようとする。
911以後にラムキッスーンのような人間が、よりによってアメリカの地であのような夢を抱くのは現実逃避なのか、あるいは間隙を縫って奇跡を可能にさせてくれることへの賭けなのだろうか。

空虚なハンスを支えていてくれた家族は911以降崩壊しようとする。最終的にハンスは救済を得たり希望を見出したようにも思えるが、自己欺瞞や逃避と取れなくもない。懐かしい名前であるラムキッスーンの死の報せはハンスを揺さぶったことは間違いない。しかしそれによって彼はどこへたどり着いたのだろうか。「アメリカン・ドリーム」を捨て去ることができないように、ハンスは家族にまつわる感情を捨て去ることはできない。そこにあるのは希望なのだろうか。それが希望なのだとすると、それはどのような人にとって可能な希望なのであろうか。彷徨えるラムキッスーンの魂はどこへ向かったのだろうか。




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佐藤太郎(仮)

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