『ライフ・オブ・パイ』

『ライフ・オブ・パイ』



3D作品の場合字幕で見るべきか吹き替えで見るべきかというのを迷ってしまうのだが、今回はちょうど吹き替え版の方と時間が合ったのでそちらにて。それほど違和感はなく見られるのではないでしょうか。


インドといえば仏教を生み、ヒンドゥー教が栄え、イスラーム帝国が支配し、キリスト教国イギリスが植民地支配した、宗教とは何かと因縁の深い国である。そしてまた「ゼロ」を発見した数学の国でもある。ピタゴラスは数学者というよりは教団を率いる宗教家であるように、数学は神秘的な存在であり、また近代合理主義によって発展した概念や技術のバックボーンとなるものでもあった。

主人公「パイ」の名前の由来からしてそこにヨーロッパとインドの微妙な歴史と感情を見ることもできなくもない。
合理主義的な父親に対し宗教熱にかられるパイ。ヒンドゥー教とキリスト教とイスラーム教を同時に信仰することができるという熱狂は、それぞれの宗教の根にあるものは同じだという確信というよりは、信仰(という行為)に対する信仰心であるかのようだ。パイの宗教熱は「ピュア」なものであり、「自然」と湧き出してきたものであるのかもしれないが、それはあくまで括弧つきの「自然」である。それはまるで動物園の中の動物のように。

と、このような感じで登場人物や設定にいちいちとメタファーを読み込んでいくことはできるのだが、裏を返せばそれは設定がかなり図式的なものであるということでもある。難解で深遠な「解釈ゲーム」を誘発するものというよりは、練られたロールプレイング・ゲームのそれを思わせなくもない。
原作は未読なのでそちらがどうなっているのかはわからないが、そのせいもあってか映画では導入部の話運びは結構退屈なものであった。

この作品が何よりも真価を発揮するのは、やはり船が難破した後の圧倒的な映像であろう。
襲いかかる虎や迫り来るトビウオといったギミック的楽しさや宇宙と海が一体化した神秘的な美しさというものは確かに一見の価値がある。

個人的には3Dというものにはかなり否定的な感情を持っているのだが(眼鏡オン眼鏡という屈辱! それだけじゃないけど)、そんな僕のような人間にも「元は取った」と思わせてくれる素晴らしい映像世界であった。ただそこを除いてしまえば、プロット等において見るべきものがあるのかといえば微妙なところでもある。3Dで見る価値は十分にあると思うのだが、これがスクリーンで見るのでないのだとしたら熱心に勧めるかといえば躊躇してしまうというのが正直なところである。まあここらあたりは映画というものに何を期待するのかというところの個人的趣味のレベルでの話しで、3Dで見てすごかったんならそれはつまりいい作品ということじゃん、と言われればそれはそれでそうかな、とは思うのですが。

あと「意外な展開が用意されている」というような紹介のされ方もしているのだけれど、ネタバレになるので具体的には言わないが、この展開って「意外」というより作品の構造を考えればむしろ穏当に着地させたという感じではないのだろうか。そういう宣伝戦略をとっているだけなのかもしれないけど。


それにしても何がすごいってそれはアン・リー監督のフィルモグラフィに優るものはないのかもしれない。『グリーン・デスティニー』に『ハルク』ときて、『ブロークバック・マウンテン』に『ラスト、コーション』から『ライフ・オブ・パイ』って、いったいどんな監督なんじゃ。この人は「文芸」作品の方が手腕を発揮できると人だと思うのだが、そういう点では『ライフ・オブ・パイ』はアン・リーの手腕と手法と、過去の失敗作も含めた経験とが比較的活かされやすい作品だったのかもしれない。




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佐藤太郎(仮)

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