パゾリーニとベルトルッチ

『パゾリーニとの対話』




歴史家のジョン・ハリディによるパゾリーニへのロングインタビュー。ちなみにハリディは日本にも長期滞在経験があり、日本についての著作もある。

原著は1969年、邦訳は72年刊行なのでパゾリーニはまだあの謎めいた衝撃的な死を迎えていない。インタビューは68年の春に二週間以上かけて行われた。

「日本版のための序文」にはこんな箇所がある。パゾリーニと三島由紀夫を比較し、「ふたりとも、未来派宣言(一九一六年)の中でマリネッティが多面発現性と名づけたものを目指した。二人とも小説から映画に進んだ。二人とも左翼と右翼の両方で活動してきた。二人とも現代に好奇心を示しつつも、不可能な過去に耳を傾けた。すなわち三島はサムライの凶暴な世界に向かって、パゾリーニは前工業社会の農民の、同じく希望なき世界に向かって、二人とも裸と露出に対して同じような強迫観念を持つようになった。これに加えて、パゾリーニは迫害を恐れながらもそれを歓迎してきた。彼はしばし法的に告発されてきたが、それでも挑発と評判を作り出しているように見える。(この点で三島と比較することは避けたい。何故なら、マゾヒズムのように深くいりくんだ特性は、二つの文化のあいだで非常に違っているであろうから)。しかしながら、パゾリーニが自殺するとはとても考えられない。彼のロマンティシズムとマゾヒズムがそんな形をとることはあり得ないだろうからである(反対に、彼はきっと強く人生に執着するだろう)。また、彼が、イタリアの軍事力を強化するような企てに尽力しないだろうことは、ほぼ確かである」(p.24)。

パゾリーニの最後を思えばいろいろ複雑な気分であるし、ここでの評価に同意できないという人もいるだろうが、当時としてはこのイメージは一般的なものであったのか、あるいはハリディのかなり独特のものであったのだろうか。


本書においてパゾリーニは自身の経歴から映画作品一本一本について詳しく語っている。また「理論家」としてのパゾリーニの一端も窺えるものとなっている。
時期としては『豚小屋』が構想中で、付録として『テオレマ』についてのいくつかのインタビューが収録されている。裏話的なものもあって興味深いものも多く、中でも「文体、企画及び演劇」の章は、これが本音だとしたら面白い。

パゾリーニはアメリカ映画について聞かれると、昔はよく見に行っていたが映画を撮り始めてからは体力的なこともあり映画を見にいく気にはなれないとしている。そして以前興味を持っていた監督について、例えばフォードの新作ならどうかと聞かれるとこう答えている。

「ええ、ただフォードはいい例ではありませんね。あまり好きじゃありませんから。私はアメリカの叙事詩的監督たちは好きではないのです。若いころはアメリカ映画が大好きでしたが、いまは違います。もっとも映画を作ったらきっと見に行くような監督もまだ二、三いますがね。私はゴダールや『カイエ・デュ・シネマ』の連中にまかせる気になっているような映画伝説以外は、アメリカ映画からはたいして得るものがあったとは思いません。元来、真の映画伝説は、前に言った作家たち、つまりサイレント映画で、それが私に向かってやって来るのです」。

そしてイタリアにおけるネオリアリズムの死を描いたとされる『大きな鳥と小さな鳥』について、そしてそれに代わるべきものはあるのかについてはこう答えている。

「私の見るところでは、状況はきわめて単純です。イタリアン・ネオリアリズムはフランスとイギリスへ移って行きました。ネオリアリズムが死んだのはイタリアだけです。それはまだ終わらずに性質を変えて、違った文化的存在になっていますが、フランスではゴダールとともに、イギリスではニュー・シネマとして続いています。私は、これらを全然好きになれません(ただ、ゴダールは好きです)。奇妙なことは、とくにロッセリーニの神話を経由してフランスやイギリスに移行したネオリアリズムが、若い監督たちによって再びイタリアに現れつつあるということです。ベルトルッチやベロッキオは、ゴダールやイギリス映画で濾しなおしたイタリアン・ネオリアリズムを引き継いでいます」。

ちなみにパゾリーニはこのインタビュー後に撮られる『豚小屋』では当時ゴダール夫人のアンヌ・ヴィアゼムスキーとジャン=ピエール・レオーを起用し、『テオレマ』では引き続きヴィアゼムスキーを使うことになる。


ハリディはイタリアではひどいイギリス人監督が熱狂的に支持されているようだが、としている。その「熱狂」している中にはベルトルッチも含まれているのかもしれない。そしてベルトルッチがパゾリーニの『アッカトーネ』の助監督からキャリアを開始したことに触れている。パゾリーニはこう答えている。

「そうです。その後彼は『殺し』を作りました。これはもともと私がやろうとしていたものでした。私が『アッカトーネ』を作ったころは、彼はまだ映画について何も知りませんでした。でもそのころから私は職業的なアシスタントを避けるようにしていたのです。ときにはこのことが不利になることもありますが、私にとって、私のいうことを理解し私を精神的に支えてくれる人と働くほうが、プロフェッショナルな人と働くよりはずっと好ましいのです」。

ハリディはさらに「もしベルトルッチがネオリアリズムをイタリア映画につれもどした監督の一人だとしたら、彼に対するあなたの影響をどう評価しますか」と質問している。

「私の影響を受けている以上に、彼は私に向かって反抗したのだと思います。彼にとって私は父のようなものでした。だから彼は私に向かって反抗したのです。実際、彼は一つのシーンを撮影しながらこう自問したでしょう。「ピエル・パウロだったらこれをどう撮るかな?」と。そして私とはまったく違ったやり方で撮ることに決めたでしょう。たぶん私は彼に漠然とした何かを与えたのですが、彼は、いつもまやかしと本物とを見分けることができたのでした。私はただ彼に対してたいへん大まかな影響を与えたにすぎません。だから、文体に関しても彼と私とは完全に違っています。彼の師匠はゴダールです」。


パゾリーニは詩人であるベルトルッチの父とは親しい友人であり、その縁もあって息子を引き受けたこともあって両者は師弟関係にあると見なされていただろう。「彼の師匠はゴダールです」と言い切ってしまうのは、今となってはいろいろと納得だけれど当時としてはどう受け止められたのだろうか。またパゾリーニ自身が当時のベルトルッチをどう思っていたのかというのは、今となってはもっと掘り下げてほしかったと思ってしまった。


また日本ともゆかりの深いハリディだけあって、溝口が重要だとかつて言っていたが、本映画に関心を持っているか、という質問もしている。

「不幸なことに日本映画はほとんどイタリアに来ません。私は溝口同様黒沢も好きではありません。ですが市川崑の映画は好きです。『ビルマの竪琴』はすばらしい映画でしたし、オリンピックの映画もよかったですね。」

この時期のヨーロッパの監督のインタビューを読むと市川崑を、それもとりわけ『ビルマの竪琴』を高く評価している人がかなり多いような印象がある。


というのを読んでいて、そういえばベルトルッチ監督の『ドリーマーズ』を見ていなかったということで見てみた。







2003年の作品。予備知識ゼロで見たとしたら、ヌーヴェルヴァーグが好きでたまらなくて60年代に憧れちゃっているんだけどそれに間に合わなかったことでややアンビヴァレンツな感情も抱いてしまっている若いアメリカ人が撮ったとでも思ってしまったかもしれない。しかしこれを監督したのは十分すぎるほどの名声を勝ち得た60歳を過ぎたイタリア人監督であったというのがなんとも。

パゾリーニがちょうどこのインタビューを受けていた頃である68年五月革命前夜のパリが舞台。シネフィルのアメリカ人留学生マシューはラングロワ解任事件への抗議デモが吹き荒れる中(ジャン=ピール・レオーの当時の映像と現在の姿とが重ねられている)、イザベルとその双子の弟テオと出会う。マシューはイザベルに憧れを抱きながらも双子の近親相姦的濃密な関係にとまどっていたが、双子の両親が長期間家をあけることになり、三人は同居することになる……。


ただひたすらに弛緩しているという印象は否めなかった。あの時代のリアルな空気を再現するというのでもなく、またあの時代の理想にどこまでも殉じようというのでもなく、かといって現在から冷徹な視線を浴びせるのでもない。これらの要素がそれぞれに入ってはいるが、そのどれもが徹底されてはいない。

マシューも双子もシネフィルであり、三人を結びつけているのが映画である。映画が文字通りに引用(つまり『勝手にしやがれ』をはじめフィルムがそのまま挿入される)のであるが、作品に溶け込ませるのでもなく、わかる人にはわかる目配せでもないこのような形での引用というのはやや幼稚なようにも思えてしまった。ゴダールの『はなればなれに』の有名なルーブル美術館を駆け抜けるシーンが再現されると同時にオリジナルも挿入されるのであるが、ゴダールのことが好きなんだろうなあということはわかるものの作品における効果としてはいかがなものかという感じでもある。何よりも『はなればなれに』が公開されたこの当時のベルトルッチはすでに注目の映画監督であったことを思えば、憧れ一辺倒でいいんかいなという気にもなってしまう。

三人が置かれるのは究極のモラトリアム状況であるといえるが、もちろんそれが永遠に続くことはない。また双子の関係にしても同じであり、どこかで一歩を踏み出さねばならない。両親に弟との関係が知られた後のイザベルの行動はなんとも幼い。テオの街へ出なければという切迫感も短絡的であるが、またマシューによる暴力の否定はあの時代を知らない人間の後知恵による学級委員長的なもののようにも思えてしまう。ベルトルッチのような年齢、立場にいる人間ならば、本来ならそのモラトリアム性を承知のうえであえて肯定に振り切ってしてしまうか、または意地が悪いほど冷酷に裁くこともできたはずだが、そういったものは回避してしまっている。ここにあるのは「若さ」というよりは「幼稚さ」でしかないのではないか。

その中途半端さが象徴されているのが双子の関係であろう。双子の近親相姦的雰囲気にマシューはとまどうのだが、ある異常な状況下でイザベルとセックスをすることになる。すると実はイザベルは処女であったことが判明する。テオはマシューとイザベルの双方に嫉妬を抱くのだが、ここで例えば暴力的にイザベルを支配しようとするだとか、マシューを逆に誘惑して奪いとり、イザベルから引き離そうとするといった方向では突き詰めない(その気配はかもし出すが)。退廃的ではあるが、退廃に徹しきりもしない。これは婉曲な表現を選んだというよりも、イザベルのエキセントリックなファムファタル的シネフィル(でも実は処女!)といったあたりも含めて、ただのおっさんの願望、妄想にしか映らなかった。

パゾリーニは60年代後半のあの雰囲気の中、「学生はブルジョワの子どもで警官は農民の子どもなので私は警官の側につく」とあえて言い放った。あれから40年たってベルトルッチはこれですか、という脱力感としか残らなかった。ペニスを正面から映して過激なセックス描写とかしちゃうってすごいでしょ、みたいなのもういいですから。今が何年だと思ってるんかいなという気分にさせられてしまった。
まあ、あのベルトルッチがというので点が辛くなってしまっているだけで、公正に見れば魅力的なシーンなんかもないわけではないのだろうとは思うのだけれど。

ベルトルッチがいつから駄目になってしまったのかというのは人によって見方は様々だけれど、ついにここまできてしまったのかと、なんとも哀しい作品にしか映らなかったというのが正直なところであった。


ということでなんだかモヤモヤしてしまったもので、勢いで脚本も担当したギルバート・アデアによる原作小説の『ドリーマーズ』も読んでみた。アデアの作品は結構翻訳が出ているが、個人的にはこれが初めて読んだ作品。




「著者あとがき」と「訳者あとがき」において少々特殊な小説『ドリーマーズ』の成り立ちについての説明がある。アデアは1988年に『聖なる子供たち』という小説を発表、それなりの評価を得たものの著者自身は出来に不満足であり、映画化の申し入れは断っていた。しかし2001年にベルトルッチからの申し入れがなされるとこれに応じることにし、これを機会に「パリンプセスト」的に書き直したのがこの小説『ドリーマーズ』である。アデアは『ドリーマーズ』の映画と小説について、「両者は双子だが一卵性ではない」と書いている。

アデアは映画の脚本も担当したが、「訳者あとがき」によると「撮影がおこなわれている間、アデアは常にセット裏に待機し、監督から出されるひっきりなしの要求に応じて脚本を書き換えなければならなかった」そうである。「結局、小説はアデアのものであり、映画はベルトルッチのものだということに尽きる」とあるが、小説と映画を比べるとまさにこの言葉通りの印象を受ける。
そう、上にあげた映画『ドリーマーズ』の欠点の多くが小説からの改変部分なのである。

映画においてマシューとセックスをするイザベルが処女であったことには違和感を覚えたが、小説ではイザべルはテオとすでに肉体的に近親相姦関係にあったことがはっきり書かれている。またテオがマシューとイザベルとの関係に不安や不満を感じつつも一歩引いているのが映画であったが、こちらも小説ではテオはマシューと(レイプに近い)肉体関係を結んでいる。脚本の最初の段階ではマシューとテオとの肉体関係は残されていたが、「撮影の過程で俳優間にそうした雰囲気が醸し出されなかったため、結局はカットされた」そうだが、訳者の池田栄一が指摘するように「これは主題に関わる決定的な変更」であろう。

さらに映画では終盤に五月革命に遭遇し、モラトリアム状態から街に引き出され、テオとマシューが袂を分かち、マシューは学級委員長よろしくお行儀よく暴力を批判するのであるが、これも小説とは真逆といっていいほどの変更である。

小説『ドリーマーズ』の出来がいいと感じたかといえば否である。一番の欠点と思われたのは視点の定まらなさである。この作品は三人称で進められるのであるが、三人称視点をさらに徹底し、いわば超越的な「神の視点」から冷徹に三人の関係を、内面にはあまり立ち入らずに外面から描いたほうがより効果的であったのではないかと感じた。その点でこの作品の視点は今ひとつ中途半端という印象がある。そしてこの視点の定まらなさという欠点は映画においてそのまま受け継がれてもいる。

つまり、映画『ドリーマーズ』は小説『ドリーマーズ』の欠点をそのまま引継ぎ、なおかつさらには改悪としか思えない設定変更が施されているのである。
映画『ドリーマーズ』を見てから小説『ドリーマーズ』を読むと、やはりベルトルッチはすっかり駄目になってしまったのだなあということが改めて印象づけられてしまうかのようであった。



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佐藤太郎(仮)

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