『私はホロコーストを見た』

ヤン・カルスキ著 『私はホロコーストを見た  黙殺された世紀の証言1939-43』




1944年、ヤン・カルスキという人物がアメリカでThe Story of a Secret Stateという実録書を出版する。この本はたちまち評判を呼び四十万部以上を売り上げる。数ヶ国語に訳され、48年にフランス語版が出版されている(訳者は不明で、情報部が絡んでいたという噂もあるそうだ)。しかしこの本は間もなく、「意図的な無関心」のせいか忘却されてしまうことになる。

2004年にフランスの歴史学者、セリーヌ・ジェヴェ=フランセルが旧訳を改訳し、序文と詳注を付して再出版され、英語版もこの版を底本にするようになったそうだ。ジェヴェ=フランセルのおかげで本書には書かれていないカルスキの伝記的事実と、戦時中に出版されたため秘密保持のために改変した部分なども知ることができる。


ヤン・カルスキの本名はヤン・コジェレフスキ。アメリカに入国する際に用いた偽名を便宜上使い続けざるをえなかった。
ヤンは1914年ポーランド生まれ、敬虔なカトリックだが「開放的かつ寛容な精神を持ち」、「いかなる排他的民族主義にも反対する」、「愛国主義」を信奉する家庭に育った。学業優秀で予備士官学校も首席で卒業。かねてからの夢の通り外務省に入るが、1939年のナチス・ドイツによるポーランド侵攻によって一変する運命が本書によって描かれている。

こちらもポーランドへと侵攻してきたソ連の捕虜となり、捕虜交換によってドイツ側に引き渡される。脱出しレジスタンスに参加。しかし再びナチスの手に落ち激しい拷問を受ける。レジスタンスにより救出されると、今度は自らが「絶滅収容所」(強制労働を目的としたものではなく、殺害そのものが目的とされた収容所)へ潜入する。そこで目にしたものをイギリス、そしてアメリカへと報告へ赴き、ついにはルーズヴェルトとも面会を果たす。
本書は分量でいうと収容所に関する記述よりもポーランドをはじめとするレジスタンスの活動に多くの紙数が割かれている。どちらに比重があるというのではなく、どちらも貴重な証言であることは言うまでもない。


カルスキの本はここで幕を降ろすのだが、我々はこの先の苦い展開を知っている。
ドイツでは「普通のドイツ人」がナチスの蛮行をどこまで知っていたのかということが問題とされる。しかしこれはまた連合国側にも向けられなければならない問題なのである。強制収容所を解放した前線の兵士たちはその想像を絶する光景におののいたが、このような実態を連合国側が事前にまったく把握していなかったのかといえばそうではなかった。他ならぬ本書の著者であるヤン・カルスキがその目で見たものを報告していたのだが、これは事実上「黙殺」されたのであった。

ポーランドのレジスタンスは相当の事実を掴んでいたが、それを伝えようともなかなか信じられることはなかった(『イメージ、それでもなお』で扱われたアウシュヴィッツを撮った四枚の写真は、動かぬ証拠を提示するのが目的であった)。
ガス室や絶滅収容所といった事実がにわかには信じ難いほどおぞましいものであったこともあるが、それ以外にも戦後をにらんでのソ連との駆け引きや、連合国内にはびこる反ユダヤ主義が影響していたという指摘もある。アメリカなどの「ユダヤ・ロビー」はその攻撃的姿勢から悪しざまに言われ、また陰謀論をまとった新たな反ユダヤ主義の火種ともなっているが、このような歴史的経緯がそうさせていることもまたふまえておかねばならないだろう。


カルスキは戦後アメリカの大学で教鞭を取り、長らく沈黙を守っていた。しかし70年代後半になってその沈黙を破り始める。その名が広く知られるようになったのはクロード・ランズマン監督の『ショアー』でのインタビューによってである(カルスキは必ずしも映画での扱われ方に納得していないようではあるが)。
本書が辿った運命もまた、大国に翻弄され続けることになるポーランドの運命をも暗示しているかのようでもあった。

またカルスキのその体験はあたかも小説のようでもあるが、やはりというべきかカルスキを扱った小説が2009年に2冊出版されている。うち1冊が邦訳もあるヤニック・エネル著『ユダヤ人大虐殺の証人ヤン・カルスキ』である(こちらは未読なのでそのうちに)。例によって(?)、この作品はランズマンの批判を呼ぶことになる。その効果なのか、再版後に絶版になっていたカルスキ自身の本(つまり本書)はまた再々版されることになったのだそうだ。






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