『自分の体で実験したい』

レスリー・デンディ + メル・ボーリング著 『自分の体で実験したい』




「自分で自分を実験台にする」、「モルモット科学者」のお話。
古くは400年前のイタリア、「サントリオ・サントリオという名の医師が、自分の体重と、飲み食いした物の重さと、排泄物の重さを三〇年にわたって計りつづけ、健康なときと病気のときとで体がどう変化するかを調べた」そうだ。
このサントリオは「はじめに」で軽く触れられるだけである。本書で大きく取り上げられるのはもう少しぶっ飛んだ人たちだ。超のつく有名人であるマリー・キュリーをのぞけばほとんどが多くの人にはなじみのない人ばかりであろう。

抜歯の際に笑気ガスを麻酔として用いることを思いつきながら公開実験に失敗し、その痛手からかガスがもたらす恍惚のとりこになり、精神を病み自ら命を絶ってしまうホレス・ウェルズ。「ペルーいぼ病」という謎の病気の解明のため患者の血を自らの体内に入れたダニエル・カリオン。黄熱病の感染源を調べるため患者の血を吸った蚊に自らの腕を差し出したジェシー・ラジア。彼らの物語は悲劇であり、また英雄的でもある。

しかし本書には、そのようなためになる感動話というだけでなく、どこか過剰さを抱えた人たちもたくさん登場する。
1770年代に人間が非常に熱い環境に置かれたらどうなるのかを調べようと部屋の温度が100度(!)を越えるまでストーブを焚きまくったイギリスとスウェーデンの紳士たち。
消化の謎を突き止めようと様々な物を袋や木の筒に入れては飲み込んだり吐き出したり、あるいはそれを繰り返し口にいれた(つまり、排泄された未消化の物を再び……)ラザロ・スパランツァーニ。

あるいは「危険な空気を吸い続けた」ホールデーン親子の息子。
ジャックは4歳の時から自らを実験台にしていた。父親のジョンは30年に渡り炭鉱の危険なガスなどに身をさらしながら、炭鉱夫の安全のために尽力していたのだが、ジャックも子どものころから父に同行し、10歳くらいの時にはメタンを吸うとどうなるかを身を持って体験する。天井部分にガスがたまっているので這っていなくてはならなかったのだが、ジョンは息子を立ち上がらせ、シェイクスピアのジュリアス・シーザーの一節を暗誦させる(ちなみにジャックは幼少期から天才的な頭脳をもっていた)。「ジャックは始めた。「友よ、ローマ市民よ、地方の人々よ……」だが、すぐに息が切れる。さらに二言三言続けたところで足が崩れ、床に倒れた。メタンは天井付近に漂っているため、床のあたりの空気はきれいである。ジャックはすぐに元気になった」。
ジョンはこれが安全だとわかっていたそうだが、こういうことを息子にさせる感覚というのは少々常軌を逸している印象を抱いてしまうのだが、ジャックの方も嬉々として実験に参加しているようである。


「はじめに」で、著者は「自分を使って実験する理由は何だろうか。一番大きいのが好奇心である」としている。もちろん「医者が患者を救いたい一心で、自らを実験台にするケースも多い」し、「モルモット科学者たちが、狂犬病やコレラ、ペストやポリオのワクチンを自分に打って研究してくれたおかげで、私たちは昔より安心して暮らしていられる」ようになったのだが、それだけでは割り切れないような人も多そうである。

ホレス・ウェルズのかつてのパートナーであったウィリアム・モートンは、麻酔として硫酸エーテルを用いることにする。実験はなかなかうまくいかず、エーテルの「純度」が低いとうまく効かないということを知る。「純粋な」エーテルを使うようにアドバイスを受けると、「こうなるともはやだれもモートンを止められない」。
50年後に妻はその日のことをこう振り返っている。
「夫はけっしてあきらめない人でしたから、純粋なエーテルをすぐさま手に入れてきました。そして、被験者を待つのももどかしく研究室に閉じこもると、自分の体で試したのです。実験は大成功で、夫は数分のあいだ床に倒れて気を失っていたそうです。/その晩おそくに帰宅した夫はひどく興奮していました。でも、うれしくてたまらない様子で、何があったのか落ちついて話せないほどです。私も気持ちが高ぶって、早く聞きたくて仕方がありません。夫はようやく自分の体で実験したことを話してくれました。彼がひとり研究室で死んでいたかもしれないと思うと、私は切なくなりました」
麻酔の実験を一人でやるなんて! 『サイダーハウス・ルール』のラーチ先生のことは……当然知らないわけですが、ほんとに命を落としていても不思議ではなかっただろう。


心臓カテーテルを成功させたヴェルナー・フォルスマンにはこんなエピソードがある。フォルスマンは自らの体で実験しようとしたのだが、看護婦のゲルダは道具を出すことを拒否する。危険で馬鹿げた行いだとして病院から実験を禁止されていたのだ。フォルスマンはこれは安全なのだとゲルダを説き伏せようとする。するとゲルダは「わかりました。それなら私を実験台にしてください。私の体を先生にお預けます」と言う。フォルスマンはそれに同意する。実は初めからゲルダを実験台にするつもりなどなく、道具を用意させるとゲルダに実験すると見せかけて自らにカテーテルを挿入するのであった……。
実験は見事成功するのであるが、しかしドイツの医師はこれを「サーカスの曲芸だ」とあざけりまともにとりあおうとはしなかった。フォルスマンはその後心臓に造影剤を注入する実験(もちろん自分の体で行った)にも成功するが、やはり冷たくあしらわれる。研究が日の目を見るのはアメリカでのことで、うちひしがれていたフォルスマンもついに、会ったこともなかった二人の医師と共に1956年にはノーベル賞を受賞することになる。

フォルスマンが心臓カテーテルに取り組んでいたのは1920年代末からで、造影剤の注入に成功したのは1930年であった。フォルスマンも軍医として従軍するが(戦争末期にエルベ川を命がけで泳いで渡り連合国に投降している)、彼を嘲笑った医師たちは、もしかするとナチに協力し、おぞましいことに手を染めることになったのかもしれない。
本書に登場するのは、少々エキセントリックなところがあるにしても基本的にはいい人たちだ。言うまでも無く、世の中というものはいい人たちだけによって構成されているのではない。もし医師たちが「好奇心」を満たすために、自分の体ではなく他者の体を使うことになんのためらいも憶えなかったとしたら、ということを考えるとぞっとするものがある。731部隊という過去を抱える日本ではこのことはより肝に銘じておかなくてはならないだろう。

こう考えると本書の最終章、宇宙飛行士に与える影響を調査するために日の光も届かない洞窟の中で、他人と直接一切まじわることなく四ヶ月を過ごすという実験は意味合いがかなり異なるようにも思えてくる。
実験に参加したステファニー・フォリーニは本書に登場する中では唯一科学者ではない。もちろん彼女は強制されたわけではなく、自らの意思で実験に参加し、事前段階でも実験中も実験後も、その健康状態は詳細にチェックされた。
とはいえ、彼女と同様の実験に参加したうち数名が実験後に自ら命を絶っている。フォリーニにも生理が止まり、不整脈等の不調が出ている。この実験により、科学はまた新たな知を獲得したのかもしれないが、はたしてこのような犠牲は科学の進歩にとって必要不可欠なものであったのだろうかという疑問も湧いてくる。


……と、いろいろと思うところがないではないが、本書は子ども向けの本として出版され全米科学教師協会主催の賞も獲得しているように、笑えて泣けてためになり、また気軽にぱらぱらとも読めるようになっている。その背後に見え隠れする不気味さに思いをはせることもまた必要ではあろうが。

なおなぜこの本を手にしたかというと、村上春樹が『サラダ好きのライオン』で触れていたからなのだけれど、そこで言及されていたルーマニア人の法医学者、ニコラエ・ミノーヴィチが絞殺による窒息死の人体に与える影響を調べるために、少なくとも8回にわたって短時間ながら首を吊ったというエピソードは年表で軽く扱われているだけでした。それにしてもやはりこのエピソードのインパクトはすごい。この人の伝記とかあるのかなあ。



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佐藤太郎(仮)

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