村上春樹、メイドカフェに行く

ポール・セロー著 『ゴースト・トレインは東の星へ』




1973年、ポール・セローはイギリスを出発しヨーロッパから中東、アジアを抜けてヨーロッパへ戻るという長い旅行を行い、『鉄道大バザール』を書く。あれから33年後、ほぼ同じルートを再訪するというのが今回の旅である。「ほぼ」というのはイランはビザが出ず、アフガニスタンは政情不安のために中央アジアへと迂回路をとったためである(そこでまた奇妙な独裁国家を通過することになる)。

旅行記が書けてしまうような旅をする人というのは、日常に何か空虚感や欠落感といったものを抱いていることが多いのだろう。しかしそのような心情を直接体験に反映させてしまうと、「この国は貧しくても子どもたちの目はキラキラと輝いている。それにひきかえわが国の子どもたちは……」式の退屈な自分探し物語となってしまう。優れた旅行作家は自分を客観視し(少なくともその努力は怠らず)、対象と適度に距離を取り、時にシニカルに、あるいは辛辣になることさえも恐れない。セローもある時はユーモラスに、また感極まる時もあるが、しかしこの厳しい眼差しを忘れ去ることはない。


セローの旅行記は何冊か読んでいるし、読めばどれも面白いとは思うのだが、同時に個人的には熱心なファンとまでは言い切れないものを感じてしまってもいた。本書のある部分を読んでそれがなぜなのかわかったような気がした。

日本にやってきたセローはこう書いている。「掃除用具入れほどの大きさのホテルの部屋からは、上野駅のドーム型のおでこが見えた」(p.454)。
「兎小屋のような狭い家に住む日本人」というのは欧米人にとってはありふれた紋切り型のイメージであろう。セローが泊まったのは高級なホテルではないので、確かに部屋やベッドは小さくみすぼらしかったのかもしれない。しかし「掃除用具入れのような」という比喩には直接体験した人のみが語りうる卓抜な比喩であるようには思えない。ましてや優れた小説家の手によるものであるとすればなおさらである。
紋切り型というのは人を安心させるものではある。もしかするとセローは一種の読者サービスとしてあえてこのような紋切り型表現を選んだのかもしれない。
ここにナショナリスティックな怒りが掻き立てられたわけではないのだが、こういうのを読まされるとなんとなく興ざめしてしまうのである。たまたま僕が日本人であったので日本の記述にどうもなぁという気分になったのだが、本書に登場したルーマニア人もインド人も、そしてトルクメニスタン人も、「ああ、こういう風に書いちゃうのね」なんて気になっているのかもしれない。少々毒のある表現を使うことが悪いとは思わないのだが、こういったあたりの匙加減が個人的にはもう一つ趣味に合わないように感じてしまうところなのだろう。


さて、村上春樹はかつてポール・セローの小説『ワールズ・エンド』を訳している。さらには息子であるルイ・セローの『ヘンテコピープルUSA』の邦訳に解説を寄せ、またこちらも息子であるマーセル・セローの『極北』は自ら訳してもいる。何かとセロー家の面々とは縁が深いのだが、近年のエッセイなどを読むと単に著者と訳者の関係というのにとどまらず、友人同士としても親しく付き合っているようだ。

そして本書にも村上春樹は登場している。セローと春樹は東京で再会する。「彼はブルージーンズとレザージャケットを着て、ウールのマフラーを巻き、スニーカーを履いていた。中背で温和、注意深くて無駄がなく、無邪気さと強さを同時に漂わせていた。自己懐疑がつきもののこの稼業において、村上の自信――文学の仕事が半ば使命であり、半ば恋であるという思い――は、彼の最も顕著な特徴の一つだった。あまりの揺ぎなさに、彼の自信は傲慢と見まちがえられかねないのだが、実のところそれは精神的強靭さであり、起伏の激しい道を六十五マイルも休まず走り、翌日起きて長編小説を書き続けられる人間に備わった強さなのだ」(p.462)。

「村上の話し方はそっけなく、ほとんど電報のようだった。何か言いさして中断し、沈黙に沈んでしまう。彼の凝縮された沈黙は、恥ずかしさではなくむしろ自信の表れだと思った。彼は質問をほとんどしなかった。用心深く周囲に気を配る陰で、時折、ほとんど心ここにあらずのこともあった」(p.463)。あまりにも有名な神宮球場のエピソードを春樹が数多くのインタビューで語っていることにも触れているが、このあたりは村上春樹のいかにもなパブリックイメージであろう。

東京を散策しながら、東京大空襲や戦後の日本のあり方について語る春樹の姿は日本ではめずらしく思われるかもしれないが、英語圏などでは必ずしもそうではないだろう。ただ「大学を出た後、僕は何者でもなくなった。父は失望した。僕も失望した。関係が悪くなった」(p.467)と語っているが、このあたりはその昔イアン・ブルマに対して語ったものの後になってあの話は書かないでほしいと頼んできたことまでも暴露されてしまった過去を思えば、率直な物言いになっている。セローと春樹は友人であり、書く/読まれることは互いに了解しているであろうことを思えばなおさらである。

「二十二歳という若さで結婚してしまったので、両親はもう彼の将来を諦めていた。彼は陽子の実家に引っ越し、自営業で何の要求もしなかった義父とはうまくいった」。そして春樹はこう言う。「陽子を愛していた。僕にはそれがすべてだった」。「村上はこのシンプルな言葉を、心を込めて口にした。その思いがけない激しさに、彼の情熱と、その愛で和らげられた深い孤独が垣間見えたような気がした」(p.467)なんてあたりを読むと、書く/読まれることを互いに了解しているどころか二人して相談し合ってないかいという気もしてきてしまうが。

合羽橋をめぐり、「並木藪蕎麦」に立ち寄り、途中霞ヶ関駅の自動改札で春樹の切符が引っかかってしまい後ろが詰まってしまうなんてことがありながら(「困惑した顔で改札をふさぎ駅員に相談していた」そうだけど、恥ずかしいですよね、あれ)二人が向かったのは秋葉原である。
セローは行く先々でポルノショップに立ち寄ったり売春婦との会話を試みるが、これは彼がセックスに飽くなき好奇心を抱いているからでは(多分)なく、セックス産業を通じてその国や地域や人々のある種の姿が浮かび上がってくるからである。
「『ポップライフ』、ビル六階分のポルノ」とハードボイルド調に説明する春樹だが、「そう容易に動じない村上でさえ、セックス関連商品の並んだこの六階建てビルの混み合ったビルで目にしたものには、ちょっと驚いたようだった」そうだ。コスプレ、SMグッズ、盗撮モノや『兄嫁』というタイトルのアダルトDVDなどに、セローは「征服願望」や「権力願望」の表れを見る。

さらに二人はメイドカフェへと移動する。「かしこまりました、旦那さま」と媚びへつらわれても、「私は何も感じないな」とつぶやくセローに、「ここは大したことはない。(……)でも、客の要求がもっと厳しい、もっと暗い店もあるよ」と返す春樹。なぜそんなことを知っているか……。と、このあたりは日本人としては笑っていいものやらなんなのやら。
六十歳前後のおっさん二人組がしかめっ面してこられてもメイドさんも対応に困ったのではとも思ったのだが、以前秋葉原で観光客らしき高齢の白人夫婦がチラシを配っていたメイドコスの女の子になにやら話しかけているのを目撃したことがあるもので、メイドカフェのメインターゲットというのは「オタク」ではなく、むしろこのような「珍奇なオタク文化」をのぞいてみたいというという国内外の観光客なのではないかという気もしてしまう(ちなみに僕はメイドカフェとやらには行ったことがないので客層がどういったものなのかは全然わからない)。
ちなみにマーセル・セローもBBCの番組でメイドカフェを訪れているのだが、ここに登場するメイドコスの女の子がいつの間にか英語を話していることもその疑惑を裏書きしているような気もしてしまう(単に仕込みだっただけかもしれないけど)。

ポールと春樹も「萌え萌えキュン」なんてまさか……。




セローは春樹と別れ、一人稚内へ、さらに京都へと電車の旅を続ける。
京都でセローは二人連れの高校生の女の子に東福寺駅に行くにはどうすればいいのかと訊ねる。その高校生は同じ方向なので一緒に来てくださいと「インスタント翻訳機」を使って言う。東福寺駅に着くと、大阪へ行くはずだった二人も一緒に電車を降りてしまう。どうしてと訊ねると、女の子はまた機械を取り出し「大阪に荷物を送ります」という画面を見せ、「あ、間違えた」とまたキーを打ち直す。そこには「お別れを言うために」と書かれていた。「これもまた、日本の礼儀作法についての一つの教訓だった。動いている電車に乗ったままさようならを言うのは、カジュアルすぎて失礼なのだ」(p.501)。

う~ん、この話信じられますか? 途中まで一緒だからというのまではあるかもしれない。しかし2006年にもなって、しかもそのうち一人はアメリカに一ヶ月間ホームステイの経験まである高校生の女の子が道を訊かれただけの白人のおっさんに別れのあいさつをするためにわざわざ目的地でない駅で電車から降りるなんてことがあるとはちょっと思えない。
この話が全くの捏造でないとすると、可能性は二つあるのではないか。一つはセローが名乗り、女の子が彼が何者かに気づいた(本好きならあり得ない話ではない)か、あるいは誰だかはわからなかったにしても作家だということで興味を憶えたということ。もう一つは、この別れのあいさつは実は別の人との出来事で、それを高校生の女の子の話に移し変えたという可能性である。旅行記に限らずノンフィクションでも、複数の人物や出来事を重ねて一人の人物や一つのエピソードにしてしまう(あるいはその逆)というのはよくある手法だろう。

仮にそうだとすると、その動機も推測できる。高校生は「青いブレザー、襟を開けた白いブラウス、引っ張って緩めたタイ、短いプリーツスカートに膝丈のソックス」という恰好である。これは「『ポップライフ』の写真を信じるならば、多くの日本人男性の欲望の対象であった」ことをセローは思い出す。彼女たちは自分が性的な視線にさらされていることを意識して、中をのぞかれないように「エスカレーターを上っていく時、後ろに手を回してそっと短いスカートをお尻に押しつけ」るのである。「視線を避けるこの仕草の裏側には、どんな悲劇や困惑が隠されていたのだろう?」と思い、村上春樹の『アンダーグラウンド』で読んだ、地下鉄で痴漢の被害に合う女性たちのことが頭に浮ぶ。
「オタク」たちに性的な視線にさらされる女子高生や「征服願望」の被害に合う女性たちと、別れのあいさつをするためにわざわざ電車を降りるという奥ゆかしい日本女性とを対比させたならこれは興味深いエピソードになる、そう思ったのかもしれない。

この高校生のエピソードが本当にあったことならごめんなさいと謝るしかないが、ここらへんも変態的な性欲を持つ日本人男性と不可思議で神秘的な日本女性いう紋切り型に陥っているようにも思えてしまった。


と、まあ分厚い本なせいもあってかなくてかとっちらかった感想になってしまったうえになにやら批判めいたこともたくさん書いてもしまったのだが、面白いことは請け合いの本であることもまた確かなことでもあります。セローの旅の軌跡が印されている地図を見るだけでもワクワクしてしまう。山手線に揺られながら、モスクワ発ベルリン行きの列車に思いをはせるのも悪くない。もっとも超のつく出不精の人間にはシベリア鉄道なんて一生縁のない代物なのでしょうけど。



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佐藤太郎(仮)

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