ピンチョンとタランティーノ


ユダヤ人大虐殺の証人 ヤン・カルスキ』の感想としてピンチョンの『メイスン&ディクスン』を引き合いに出したのは手前で書いておきながらさすがに強引だと思ってしまった。実はこの本を読んだのは結構前で、感想をざっと書いて放置していたところで、タランティーノの『ジャンゴ』を見た後に『メイスン&ディクスン』を思い出してしまったもので思わず挿入してしまったということなのでありました。


僕が知る限りではピンチョン自身がタランティーノについて何か書いてはいないのだと思うが(もしあったら教えてください)、『ヴァインランド』(98年出版の方)の「訳者ノート」では訳者の佐藤良明氏がこう書いている。「忍術の修行という、それ自体ポップな周縁文化からネタを拾いながら、それでも足らずに、その師匠を「正道を踏み外した」亜流のチンピラとして描くところがいかにもピンチョンである。九〇年代、映画『パルプフィクション』等で一気に大衆化する「パルプ的感性」の源流の一本はピンチョンに遡るというのが僕の持論である」(p.600)。この文章が書かれたのはもちろん『キル・ビル』が撮られる前だ。

ピンチョンといえばポップ・カルチャーの愛好ぶりや「ジャンク」なもの、ダメな人間への共感をこめた眼差しといったものもその特徴としてあげることができるが、タランティーノともそこらへんでも話が合うかもしれない。

ではタランティーノがピンチョンを読んでいるのかといえば、これも僕の知る限りではそういう情報はないようだ(これももしあったら教えてください)。しかし公言していないからといって読んでいないという証拠にもならない。『キル・ビル』には『ヴァインランド』的雰囲気があったのと同様、『ジャンゴ』にも『メイスン&ディクスン』と似た雰囲気がある。

メイスンとディクスンはヨーロッパから独立前のアメリカへ測量のために渡ってきて、その奴隷制や人種差別を目の当たりにしてショックを受ける(『トクヴィルが見たアメリカ』の感想でも書いたが、二人の人物造形や人種差別への衝撃は後のこれもヨーロッパから来たトクヴィル&ボモンの道中を連想させるところもある)。『ジャンゴ』にもやはりヨーロッパから来たドクター・キング・シュルツが登場し、奴隷制と相対することになる。

『メイスン&ディクスン』にはしゃべる犬「博学英国犬」が出てくるが、『ジャンゴ』のシュルツの馬は挨拶を披露する。このように、ともにシリアスな題材を扱ってはいるのだが作品全体にはユーモラスな雰囲気も漂っていることも共通している。

そして『メイスン&ディクスン』の物語の終盤では、ディクスンはついに怒りを爆発させ、奴隷商人から鞭を奪い取ると逆に彼らを鞭打つのである。

「いい加減にしろ。」彼は鞭と奴隷達の間に立ちはだかり、帽子を後ろに押し遣って、片手を前に突き出す。後になって、自分が何をどうやったのか、ディクスンには思い出せない。「それ、寄こせ。」
「そこ退かないと頭に寄こしてやるぜ友、此奴等は俺の持物なんだ、――自分の財産をどうしようと勝手だ。」 町の連中が見物しようと立ち止まる。
 ディクスンは真っ直ぐ進んで、鞭を奪い取る、――持主が追掛けてくる、――ディクスンは追って来る顔に拳骨をお見舞いする、――奴隷商人はぎゃっと声を上げ、よろよろ逃げてゆく。ディクスンは追って鞭を振り上げる。「此方を向け。これ、お前は味わったことないだろ。」
「俺の歯を追ったな!」
「もう直ぐそんなことどうでもよくなるさ、歯を折るだけじゃなくて、お前を殺してやるんだから……? さあ、男らしく向かい合って、こっちの仕事を楽にしろ、それともあれか、獣みたいに後ろからぶちのめしてやらにゃならんのか、そっちの方が長く掛って、お前もずっと苦しくなるぞ。」
(下 pp.447-448)

未読の方に説明しておくとこの小説は擬古文で書かれている。

「白人を鞭打つ」というのは単に肉体的に痛めつけるというだけではなく、象徴的意味を持っている。「鞭」が表しているのは白人と黒人奴隷との権力関係であり、そして白人が奴隷を「人間」として認めていないということでもある。
それにしても引用したこの場面、改めて読むとジャンゴやシュルツのあの行動と重なるところがある(シュルツは歯科医であるが、ピンチョンはここで「歯」にまで言及している!)。

タランティーノはやっぱりピンチョンを読んでいるんじゃないか、そう思いたくもなるのだが、逆に全く読んでいなくて想像力が共振しただけということだとしたら、それはそれでなかなか魅力的な話だとも思える。




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