『ドクトル・ジバゴ』あれこれ

昔の映画、しかもそれがかなり長いとくれば「そのうち見る」とは思ってはいてもなかなか重い腰があがらないものだったのだが、のばしのばしにしていたデヴィッド・リーン監督の『ドクトル・ジバゴ』を年末あたりのようやく見た。その後ちょろちょろ書き足したりしていたらなんと『ドクトル・ジヴァゴ』が工藤正廣新訳で出るというのを今になって知ったものでとりあえず。





リーンの監督作品としては一般的な評価は微妙なところかもしれない。この作品には「メロドラマだ」というような批判もあったそうだけれど、確かにそのような「甘ったるさ」がある部分がある一方で、登場人物、とりわけ主人公であるジバゴの行動(妻と愛人の間で揺れ動くが、これはパステルナーク自身の体験を反映したものでもある)には「メロドラマ」として見るには観客の感情移入をはばむようなところもある。観客としてはこの作品に何を期待すればいいのかということがうまくつかめないままに終わってしまうかもしれない。

ただこれは映画のみの欠点であるのかといえば、そもそもがパステルナークの原作からして不思議な雰囲気の作品で、これは小説というよりも小説という形式を借りた散文詩と考えたほうがいいような……と思ったのだが、相当昔に読んだものでロクに憶えていなかったもので久しぶりに目を通してみた。


まず読者がひっかかるのはなんといっても登場人物の多さだろう。ロシア文学の場合、愛称父称フルネームが入り乱れることから読むのが苦手という人は結構いる。個人的にはドストエフスキーの作品なんかで混乱することはあまりないのだが、『ジバゴ』には相当に苦戦した記憶があったのだが、久しぶりに読んでもやはりとりわけ前半はかなり辛かった。ここらへんは幸いにも単行本では江川卓が人物や地名に注解を加えているので(文庫版ではどうなっているのかは未確認)、これをもとに人物対照表を作って手元に置きながら読んでいくのも一つの方法だろう。

正直に言うと、「世界的詩人が十数年の歳月をかけて感性させた畢竟の大作」というような予備知識がなければ読み通すことは難しかったのではないかとも思える。
もし僕の元に無名の小説家志望者がこの原稿を持ってきたのだとしたら厳しい評価をしてしまったことだろう。とにかく登場人物が多すぎるので削って整理すること、さらには重要であるかのように現れながら途中で消滅してしまうような人物はもう少しおさえた登場の仕方となめらかなフェイドアウトをさせること、何よりもまったくもって奇妙なジバゴの異父弟の存在はもっと無理のない形にすることなどをアドバイスするだろう。
このような「欠点」(としておく)は当然ながら映画版のスタッフも承知しており、時間の関係もあるのだろうが登場人物はかなり削って人間関係もある程度は整理されてる。映画版のみを見た人には異父兄の存在が奇妙に思われるかもしれないが、これはすでに書いたように原作ではもっと奇妙な存在なのである。映画版では奇妙な物語になんとか整合性をつけようということが試みられているのだが、それにもやはり限界がある。
久しぶりに読み返してみると、この作品は詩として考えるべきとまで言うのは極端にしても、詩と小説の間を往還しているものだと考えた方がいいであろうし、そのような作品を映像化するにはどうしても無理がつきまとうものだろう。

前木祥子著『パステルナーク』も読んだのだが、そこにはパステルナーク自身の言葉をふまえてのこんな一節があった。「作者にとっては、詩によってのみ表現されるものと散文でなければ表せないものがあり、二つを一つの作品にすることで初めて意図するすべてが伝わるのである」(p.204)。
パステルナークは「小説」という形式にこだわりをもってこの作品を書いたのだが、同時にまた小説の巻末に「ジバゴ詩篇」としてジバゴが書いたとする設定の詩をも含んでいるように、その意図が小説のみによって果たせるとも思っていなかったのだろう。

ではパステルンークは何を描こうとしたのかといえば、作中で直接に示されているところもある。ジバゴの書いたものについて、こう説明がされる。「これらの著作は、わかりやすい口語体で書かれていたが、しかし通俗読物の書き手たちが目ざすものとはまったく異なった形式をそなえていた。というのも、それらに盛られた見解は、議論の余地のある、恣意的な、もう一段の吟味を必要するものではあったが、つねに生きいきとした、独創的なものだったからである」。
これはそのまま『ドクトル・ジバゴ』という作品にあてはめてもいいのかもしれない。

物語の終盤 ジバゴの幼馴染のドゥドロフはこう語っている。
「歴史にはもう何度かあったことだよ。高邁な理想として構想されたものが、粗野になり、物化してしまう。ギリシヤがローマになったのがそうだったし、ロシヤの啓蒙運動がロシヤ革命になってしまったのがそうだった。そう、たとえば、あのブロークの詩を考えてみたまえ、『われら、ロシヤの恐ろしき年々の子らは』――時代の相違がすぐにわかるよ。ブロークがこう言ったとき、それは比喩的に、いわば転義として理解されるべきものだった。子らといっても、それは小児のことじゃなくって、時代の子とか、申し子とかいう意味、つまり、インテリゲンチヤのことだった。恐ろしいといっても、ほんとうの恐怖じゃなくって、神の摂理、終末の黙示としての恐ろしさだった。これは別物だよ。ところが、いまは転義であったものがすべて文字通りになってしまった。子供はあくまでも子供、恐怖はまさしく恐ろしい実感なのさ、その点が大きな違いだね」。
このあたりもまたパステルナークその人の言葉であるようにも読める部分であろう。

江川の「訳者あとがき」によると、パステルナークは若き日には音楽家を目指したこともあり、後に『自伝的エッセイ』で当時を振り返りこう書いているそうだ。「ドストエフスキーがたんに小説家というだけではなく、ブロークがたんなる詩人だけではないように、スクリャービンもたんなる作曲家ではなく、ロシヤ文化の永遠の祝祭の生きた体現」であるのだと。
おそらくはパステルナークもまた「 ロシヤ文化の永遠の祝祭の生きた体現」である作品を生み出そうとし、そのためには「小説」という形式が必要だと考えていたのだろう。
パステルナークは留学経験もありすぐれた翻訳家でもあった。「ソ連」から脱出する機会はあり、彼の両親や妹などはそうしたのだがパステルナークは、とりわけ晩年の苦境にも関わらず国外出ることはなかった。ノーベル文学賞の受賞を当初は素直に喜んだが、受賞すれば「ソ連」に留まることができないことが判明すると辞退をする。パステルナークは「ソ連」に留まりたかったのではなく、「ロシア」から離れることはできなかったのだろう。


『ドクトル・ジバゴ』は雑誌の掲載こそ拒否されたものの、いくらか修正をすれば単行本化はできる見込みであり、パステルナークはそのためにイタリアのフェルトリネッリと出版契約を結ぶ。しかしソ連の国内事情が変わり出版できなくなるとフェルトリネッリに原稿の返還を求めたのだが、しフェルトリネッリは出版を強行した。パステルナークがさらなる苦境に陥ったのは『ドクトル・ジバゴ』の出版によるものというよりはノーベル文学賞授与のニュースの後のことであるが、それには『ドクトル・ジバゴ』も一役買ったことだろう。
ソ連に対して固定的なイメージを持っている人は、かなりあからさまなマルクス主義や革命後のソ連の体制批判を含む『ドクトル・ジバゴ』が、後に取り消されるとはいえ一時は出版可能と見なされたことにむしろ驚くかもしれない。また『ドクトル・ジバゴ』という一風変わった小説が世界的に広く読まれたのは、「抑圧されたソ連の詩人」というイメージも寄与したであろうことは間違いないので(もちろんそれは事実でもある)、そのあたりはソ連は自分で自分の首を絞めていたともいえよう。とはいえ前木の本を読むと晩年のパステルナークを執拗に攻撃していたのはソ連の権力者というよりは当局に媚びへつらう作家たちであったというのがまたなんとも。

このあたりの『ドクトル・ジバゴ』をめぐっての話は、『ジバゴ』を出版した大富豪の生まれでイタリアの大手出版社のやり手経営者にして左翼活動家で、最後は謎の爆死を遂げたフェルトリネッリの伝記『フェルトリネッリ』にも詳しい。


一般論として小説は翻訳ではなく原語で読まなければ理解できないとは思わないし思いたくもないのだけれど、詩に関してどうかといえばここら辺は微妙でもある。『ドクトル・ジバゴ』が小説と詩の間を往還していると考えると、ロシア語を理解しない僕は、はたしてどのようにこの作品を読めばいいのかという気にもなってしまう。
江川といえばドストエフスキー作品を詳細に読み解いた「謎とき」シリーズがあるが、『ドクトル・ジバゴ』に付された注解を読むと「謎ときドクトル・ジバゴ』」というものも残してほしかったという思いは切なるところであった。


と、思ったところで現在モノグラフとしては唯一の(?)『ジバゴ』論である、今度新訳を出す工藤正広著『ドクトル・ジバゴ論攷』も読んでみた。

パステルナークの伝記的事実やその小説と詩との関係、そして『ドクトル・ジバゴ』成立過程などを追いながら『ジバゴ』を精読していく。

パステルナーク自身が書いているように彼は「詩の力では及ばない」ものや「詩では解決困難なもの」を書くために長編小説に強いこだわりを抱くようになる。そして内的外的様々な苦難の中長い年月をかけてついに完成したのが『ドクトル・ジバゴ』であるが、すでに書いたようにこれを普通の感覚で「小説」としてのみ考えるといささか、というか相当に奇妙な作品でもある。

工藤は基本的には『ジバゴ』を「小説」として読んでいこうという立場だといえるだろうが、そうするとかなり苦しくなる部分も多いことも認めている。
「パステルナークの散文の主要なテーマもしくは情緒というのは「受難の道を行く生の不死」だという考えからである。/で、これは『ドクトル・ジバゴ』の読み方についても重要なヒントである。自然の生の循環する時間性――そこには当然イエスの事蹟が重ねられているが――の宗教的分節化の時間性が長編小説『ジバゴ』のもつ時間の流れであるというのは、たしかに『ジバゴ』をいわゆるリアリズム散文小説の読み方から解放するところがある。しかし、このシンボリックな読み方にかたおるとおもしろくないのも事実であろう」(p.57)という部分に『ジバゴ』に対する著者の微妙な立場というものが現れているようにも思える。

本書を読んでも改めて確認できたのは、『ドクトル・ジバゴ』はパステルナークの一種の(というか特殊な)自伝であり、また様々な角度からロシアそのものを描こうとした作品であるということだ。わかりやすいところでいえば妻と愛人との三角関係を清算できなかったことや、おそらくはパステルナークとの関係から愛人のイヴィンスカヤが収容所送りになったことは直接の反映を見ることができる。また戦争や革命という点でいえばまさにロシア現代史である。『ジバゴ』はリアリズムという観点でいえば奇妙な作品であるということは繰り返してきたが、この奇妙さはパステルナークの友人でもあった詩人のマンデリシュタームが事実上粛清の犠牲者となり、一方でパステルナークは奇跡的といってもいい生き残り方をしたように、不条理に生命が左右されたスターリン体制がもたらしたものともとれる。単にロシア近現代史に留まるものではなく、ロシアの精神というものを描こうとしたものでもあろう。パステルナーク自身はユダヤ人であるが、キリスト教的隠喩が散りばめられているのもその「ロシア」を描こうとしたゆえでもあろう。


その他に面白かったところをいくつか。
小説『ジバゴ』において最も奇妙な人物はジバゴの異父弟のエヴグラフであるが、彼は天使であるという解釈があるのだという。そしてブルドッグを連れたコマロフスキーは悪魔であり、この「二人の天使の格闘」が描かれているのだというのは、そう言われると腑に落ちるところもある。エヴグラフという人物のリアリズムの完全なる欠如を思えばむしろそれ以外に説明をつけられないかもしれない。

また「ジバゴ」が「生命」を意味する言葉から来ていることはこの作品の解釈において欠かせないものであろうが、生前のパステルナークと手紙のやりとりをしたことのあるグロモフは、これをシンボリックに過剰に意味づけすべきではないとして、著者にチェーホフの晩年の手紙を参照してみなさいと言ったそうである。チェーホフの書簡集にあたると、確かに「ジバゴ」という人物が登場し、この名がロシアではめずらしくない苗字であることが確認できるという。しかし著者はまた注目すべき発見もする。チェーホフの最後を看取ったドクトル・シュヴョーレルの妻の旧姓がジバゴであったのだ。
著者はパステルナークはチェーホフを愛読していたのでひょっとするとこのことを知っていたのかもしれないし、ここから名前を取った可能性もなくはないが、そのようなことは「枝葉末節」だとしている。
「わたしはグロモフ氏のヒントを思うときに、グロモフ氏が言おうとしたことは、ジバゴという名がチェーホフの中に見出せるからおもしろいうということではなく、チェーホフ像の中にドクトル・ジバゴの精神を探すという意味だったように思うのである」(p.440)。


ちなみにこの本では「第一巻の八割方」までしか紙幅の関係で扱われれていないのだが、その後続編は書かれたのだろうか。少なくとも出版はされていないようなのだが。

あと1989年付けの「あとがきにかえて」の最後に、「本書執筆の折々、モスクワ滞在中は、とくに佐藤優氏との対話で啓発されるところが多かった点、ここに記して感謝したい」とあるのだけれど、この「佐藤優」ってあの佐藤優のことですよね。十数年後の佐藤の姿を見て、この頃の知り合いというのはどういう気分なのだろうかということも気になってしまった。



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佐藤太郎(仮)

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