「アラビアのロレンス」あれこれ

ドクトル・ジバゴ』を見たついでにといっちゃなんだけど、デヴィッド・リーン監督の『アラビアのロレンス』も久々に見返してみた。






昔見た時は正直長さばかりが気になってしまったところもなきにしもあらずだったのだが(確かジョジョの第三部でジョセフ・ジョースターが「『アラビアのロレンス』は三回も見たんだぞ、もっともうち二回は途中で寝てしまったが」みたいなことを言っていたが、それに影響されたというわけではないんだろうけど)、見直してみると、今さら改めて言うのも恥ずかしいがこんなに素晴らしい作品だったのかと思ってしまった。何よりもあの砂漠の美しさはニュープリント完全版が劇場にかかった時に見ておけばよかったと今更ながらに後悔。

ちなみにニュープリント完全版公開の時に宇多丸さんがシネマハスラーで取り上げていて、このポッドキャストはすでに消去されているが(TBSラジオは何をやっている!)、興味のある方は某所ですぐに見つけることはできると思います。
この時次週の賽の目にソダーバーグの『チェ 28歳の革命』が入っていたのだが、『チェ 28歳の革命』の最後ってやっぱり『アラビアのロレンス』の最後を意識しているのかなあ。

そういえば『ロレンス』は主人公の不安定な精神状態や軍事的才能、ロレンス率いるアラブ人部隊が「政治」に疎まれつつ利用されるところなどってファーストガンダムに影響を与えているようにも思えたんだけど、こんなの常識なのかとんでもない的外れなのすらかもわからない程度の知識しかガンダムについては持ち合わせていないのでありますが。


さらにはこうなったら乗りかかった船だとばかりに前々からいつか読もうと思っていたロレンス関係の本をいくつか目を通してみたので。

中野好夫著 『アラビアのロレンス』




1963年の改訂版。旧版が出版されたのは1940年のことだが「すでに戦時下用紙統制でかなり出版事情は不自由であったにもかかわらず、それでも二、三万部は売れたように思う」そうだ。改訂版に取り掛かったのは「明らかに映画『アラビアのロレンス』の飛ばっちりである」としている。

当然ながら資料等での時代的制約があるので、ロレンスについて「勉強」したいということであれば現在では本書は適当なものではないのだろう。しかし「自己韜晦性と自己露出性とが奇怪なまでに錯綜していた人間ロレンス」についての雰囲気をつかみたいということであれば今でも十分に読み応えがある。


スティーブン・E・タバクニック クリストファー・マセスン著 『アラビアのロレンスを探して』




本書は三部構成になっており、第一部は著者によるロレンス小伝、第二部で各種伝記の検討がなされ、第三部で考古学者、諜報エージェント、ゲリラ指導者、外交官、機械技術者、作家としての「今日のロレンス像」が描かれている。

本書において最も注目すべきはやはり第二部であろう。ロレンスについては書誌だけで一冊の本が編まれるほど大量の伝記、研究、そして映画『アラビアのロレンス』に代表されるフィクション込みでの創作が溢れ返っている。「一九二四年から一九八七年のあいだにロレンス神話がどう発展してきのか」が考察されている。

ロレンスは1920年代から30年代にかけては「英国のリンドバーグ」のごときヒーローとして崇められた。30年代には「ロレンスを英雄崇拝の対象としようとする動きは、より危険な、ファシズム的色調を帯びることさえあった」。なおロレンス自身を親ファシズムであったとする見方もあるが、著者は手紙等からロレンスがファシズムとは明確に一線を画していたとしている。
50年ごろからはかつての英雄を「赤裸々に描き出そうとすることが主流」となり(映画『ロレンス』もこの流れの中にある)、またヨーロッパ各国が植民地から撤退していく時代もそのロレンス像に影響を与えた。
そして68年には機密文書が情報公開により明らかとなったことで、以降より資料に基づいたものとなっていく。
「全体的に見て、ロレンス伝の歴史はまず、第一次大戦の単純な英雄崇拝にはじまり、第二次大戦のあとにはそれが逆転する。そして一九六八年以降、新しい文献や取材資料が発表されたのを受けて、それまでの憶測に満ちた内容のものは減り、よりバランスのとれたロレンス像が描かれるようになる」。


ロレンスがこうも人々の興味を引き続けるのはなぜか、それは彼にまつわる多くの謎にあることは言うまでもないだろう。この謎には二つに分けてもいいのかもしれない。

ロレンスは考古学者であり軍人であり外交官でもあり、同時にスパイでありゲリラ戦を指揮した秘密工作員でもあった。後者についてはその性質上様々な謎がつきまとう。
ロレンスがいつから情報機関で働きだしたのかについては状況証拠からいくつかの推測は成り立つが、正確な時期を特定することは難しいようだ。ロレンスの「自伝」である『知恵の七柱』の内容を無批判に受容することは慎まなければならない。しかし一部から信じられていたようなほとんどが捏造であるという考えもまた行き過ぎである。アカバ攻略後に取ったとされる謎の行動はでっちあげであるという見方は様々な資料を検討すると退けられる。『知恵の七柱』執筆、発表時は未だ生々しい「政治」が続いており、当然ながらロレンスは全てを明かすことはできず、一部を変更したりぼやかしたりといった作業が施されている。もちろん自身を大きく見せるための潤色が行われている部分もあるが、またあえて控え目に書いた部分もあった。このように、この時期のロレンスの行動を再現していく作業は、様々な資料を付きあわせての検証という点では考古学的、歴史学的面白さでもあり、またロレンスの実際の行動を再現していく作業は冒険小説を編んでいくかのようでもある。多くの人が引きつけられるのも当然であろう。


ロレンスはまた作家であり、そして人間としても謎めいた存在であった。このような人間ロレンスの謎も興味をそそるものである。
ここで欠かすことができないのは、トルコ軍に囚われ拷問を受け、おそらくはレイプもされたという「デラア事件」だろう。これ自体がロレンスの捏造であるという主張もあるが、さすがにその可能性は極めて低い。しかしロレンスはこの件についても様々な書き方をしているために、何が起こったのかをはっきりと具体的に断定することは難しく、『知恵の七柱』や手紙などロレンスの書き残したものなどから推測していかなければならないのだが、それでもある程度の事実は浮かんでくる。
ロレンス自身は「その夜デラアで、わたしの尊厳の砦は、とりかえすすべもなく失われてしまった」とし、また当時の彼を知る人々の証言の多くにおいて共通しているのがこの件でロレンスが変わってしまったというものだ。映画『ロレンス』でも、ロレンスの内部にすでのその萌芽があった残虐性がこれ以降噴出することになるが、それはこのような証言などをふまえてのことだろう。

またこの事件はロレンスの性的な面からも注目できる。『知恵の七柱』でロレンスは拷問に対して性的な興奮を覚えてしまったことを自ら書いている。
ロレンスはイギリス帰国後に、ジョン・ブルームという青年に鞭打ってもらうようになる。偽名で一兵卒として戦車隊に入隊した際にはブルームも一緒に入隊させていること無視することはできない。これについて自罰感情や自分を律するためという解釈をする人もいるが、これは時に「「射精するまで」激しく打たれることを求めたという証言」からすると無理があるだろう。ロレンスがマゾヒスティックな性癖を持っていたことは否定できないであろうが、これがもともと彼の中にあったものなのか(確かにロレンスの行動の数々には突拍子もないものが多く、また「スピード」にとりつかれ、バイク事故で命を落とすという最後を含め、一貫する破滅願望を見ることもできる)、あるいデラア事件のショックによって被ったトラウマを反復すべくもたらされたものなのかは微妙なところだ。

またロレンスが同性愛者であったのではないかということについても様々な見方がある。
ロレンスは公然と自分に同性愛的傾向があることを書き、発表している。一方で彼の知人の多くが同性愛者であったことを否定している。ここで注意しなければならないのは、当時のイギリス、まして軍人であれば、同性愛者であるということは現在とは比較にならないほど忌むべきことだと考えられていたことだ。たとえロレンスのことを同性愛者だと思っていても、友人ならばそれを口にすることは避けたであろう。
ロレンスは若き日に一度プロポーズをしているが(その女性は弟と結婚し、弟の戦死後は経済的援助を与えていたそうである)、その後は若い女性と深く交際することはなく、親しく付き合ったのはジョージ・バーナード・ショー夫人をはじめとする母親とでもいうべき年齢の人々だった。これは「いかにも」なエピソードであるように思えるし、ロレンスは実際に女性とセックスすることなく一生を終えた可能性すらある。ならばやはり同性愛者であったのかといえばそうとも言い切ることもできない。ロレンスは否定的に見られることを承知で、いや、むしろそれ故にあえて挑発的に自分が同性愛者であることをほのめかしたという可能性もあるだろう。中野によるとロレンスは「僕はかつて性的欲望を感じたことがない」と言い切っていたそうだ。この発言は普通であらばとても信用することはできないのだが、ロレンスならばという気にならないこともない。
いずれにせよ、現在ではロレンスが同性愛者であったことを証拠がないとして頑なに否定することにも、あるいは逆にそうであるとしたならとんでもないスキャンダルであるとすることにも意味がないだろう。

『知恵の七柱』における最大の謎とされるのが冒頭で詩を捧げた「S・A」の正体である。現在ではこれは考古学調査の際に知り合ったダフームことサーリフ・アフメドだとする説が有力であるが、他にもいくつかの説がある。ロレンスはダフームをイギリスへ連れて帰り、アラブの服で自転車を乗り回すその姿は注目を浴びたそうだ。また二人の「関係」は眉をひそめられかねないものでもあった。ダフームの病死を知ったロレンスはひどく落ち込んだそうだが、これは親しい友人を失ったショックだったのか、それとも……。といったあたりの様々な解釈は、シェイクスピアがソネットで献辞を捧げた謎の人物「W・H」と比較する人もあるそうだ。このあたりはロレンスが意図的に仕掛けているようにも思える。


ロレンスには数えあげればきりがないほど様々な謎に包まれている。それは彼の任務がそうさせたものもあれば、自ら意図的に作り上げたものもある。他ならぬロレンス自身が、一言で表すことのできない人物であった。

本書にはクリストファー・マセスンが長年集めたコレクションから多くの写真が掲載され、マセスンがキャプションを添えている。映画『アラビアのロレンス』でまず槍玉にあげられるのが、実際のロレンスは小柄であったにも関わらず主演のピーター・オトゥールは長身であったことである。確かに集合写真を見るとロレンスは頭一つ分背が低い(この原因については中野はある「伝説」に触れている)。俗流フロイト主義めいてしまうが、この低い身長もロレンスの複雑な性格に影響を与えているのかもしれない。

ロレンスは謎めいた人物であるが、そうであるには異様なほど多くの写真が残されている。ある一面では鼻持ちならぬ自己宣伝家であったことも間違いなく、ポーズを決めて撮らせている写真も多い。一方でまた名声から逃れ、無名になりたいという願望も持っていた。
偽名を使って軍隊への再入隊を試みるが、当然ながらすぐに露見しマスコミネタとされる。また入隊にあたってロレンスは有力者に圧力をかけてもらっていたので、完全に偽名で通せると思っていたわけではそもそもないだろう。ここにあえて注目を浴びようとしたという解釈も成り立てば、一兵卒として、またゼロから人生を始めたいという願望を見て取ることもできる。ロレンスは空軍時代に改名しているが、ここにもまた正式な結婚ができなかった両親や「ロレンス」という名前への屈折した思いも表れている。

なによりも、『知恵の七柱』の内容もさることながらその出版形態にそれが表れているであろう。
「オックスフォード版」はごく小部数であり、その後も生前は私家版としてごくわずかにしか流通させず、普及版が出版されるのは死後である。中野によるとロレンスは稀覯本収集家を嫌っており、いくつかいたずらを仕掛けていたそうだが、これはかえって稀覯本収集家を喜ばせるにすぎなかっただろう。評判高い傑作をあえて流通させないことは、多くの人の目に触れさせたくないとも、むしろ注目を集めるためにやっていたのだともとれる。ロレンス自身も人によって自著に対する評価を使い分けている。

帝国主義の手先とも、あるいは祖国を裏切ったとも批判され、人種差別主義者とののしられることもあれば、批判者であってもロレンスがアラブ人の間に溶け込んでいたことを認めてもいる。現在にまで禍根を残す中東を混乱させた張本人の一人なのか、限界を承知しつつも懸命に誠意を尽くそうとしていたのかも見方は分かれている。
ロレンスが実際に何を考えていたのか、これには一つの揺るがぬ絶対的な解答が用意されていることはなく、それゆえに人々はロレンスに惹かれ続けるのだろう。そしてそれもまたロレンスの望みであったのだろう。


こうやって現実のロレンスについて考えた後で映画を見直すと、ここから史実を学ぶということは論外であることは言うまでもないが(『アルゴ』や『ゼロ・ダーク・サーティ』を見てCIAの真の歴史を学んだ! と考えるのが愚かなのと同様である)、しかし歴史を捻じ曲げたという数々の批判にもかかわらず、ロレンスのある一面を見事に描いていることもまた間違いないようにも思えてしまう(それだけに危険といえば危険なのかもしれないが)。


こんなこと長々と書いてしまったが、実は『知恵の七柱』はまだ読んだことがないのですよね。結構長いしなあ。でもすごく面白そうでもあるしなあ。




ロレンスについて興味のある方は何はともあれ『アラビアのロレンスを探して』の訳者の一人である「アラビアのロレンスを探して」へ。

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佐藤太郎(仮)

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