『ベースボール労働移民』

石原豊一著 『ベースボール労働移民  メジャーリーグから「野球不毛の地」まで』





「ベースボール・レジーム」の下で何が起こるのかについて著者はこう説明している。「野球というスポーツが資本との結びつきを強め世界中に普及していくことは、普及先のローカルなゲームを衰退、もしくは消滅させ、普及先を安価な労働力である選手育成の地、またはマーケティング先へと変貌させることを意味する」(p.67)。
本書の内容を一言で表すなら、「グローバリゼーション」の一形態としての野球、あるいは野球を通して見る「グローバリゼーション」ということになろうか。こう書くと堅苦しい内容だと思われるかもしれないが(博士論文などが元になっているのでそういう部分もあるが)、世界の野球事情について興味のある人にも面白く読めるところは多いだろう。

野球と聞くとその発祥の地であるアメリカ合衆国が現在に至るまで圧倒的なヘゲモニーを握ってきたように考えてしまうが、必ずしもそうとばかりは言い切れない場所もあった。メキシコではアメリカへの対抗として「野球戦争」が仕掛けられるほどであり、またドミニカではトルヒーヨ独裁政権下で独裁者が集票に利用しようとアメリカから選手の引き抜きなども行われた。しかし現在では両国はMLBに「包摂」され、その結果メキシコの国内リーグはMLBの3A的な立場となり、ドミニカではMLB各球団(さらに日本の広島を含む)が「安価な労働力」獲得のためアカデミーを作り選手を青田買いの場となり、ウィンターリーグもかつての盛況ではないようだ。

ドミニカのウィンターリーグには地元のみならず数カ国から選手が送り込まれ育成の場となっているが(その中には日本の球団も含まれている)、ドミニカのウィンターリーグに参加できるほどの技量のない選手はレベルと人気がさらに低いコロンビなどのウィンターリーグに参加することになる。MLBからするとより「安価な労働力」を求め続け、また選手からすると成功のチャンスが低かろうとも可能性に賭け続けるという循環をなしている。

メキシコやドミニカのような「周縁国」を半周縁化したMLBは、「安価な労働力」と市場を提供してくれるさらなる周縁国を求めて拡大していく。WBCもこの流れの中で開始されたことは否定できないであろう。著者はヘルメットやユニフォームに広告がベタベタと貼られるようになった日本のプロ野球について、中南米の衰退していく国内リーグを連想させなくもないとしている。単に選手の出入りだけではなく、日本がいかにMLBに「包摂」されていくのかどうかについても我々はもう少し注意を払うべきなのかもしれない。ちなみにWBCで日本と準決勝で対戦したプエルトリコはアメリカ領であるだけに余計に剥き出しの空洞化に襲われているようだ。


野球というのは奇妙といえば奇妙なスポーツである。サッカーほど全世界的な広がりを持つのではなく、しかしアメリカンフットボールほどアメリカ一国に留まるものでもない。北米と中米、そして南米の一部、さらには東アジアに一部でのみ盛んに行われている。
サッカーの普及にイギリスを始めとするヨーロッパ諸国による植民地支配との関係を見ることもできるが、野球の場合それはより濃厚でもある。本書にもあるように「モンロー宣言」とはアメリカによる外交中立政策ではなく、アメリカがヨーロッパに介入しない代わりにヨーロッパの影響力をアメリカの「裏庭」である中南米から排除しようとしたものだと考えるべきだろう。これによってアメリカ資本の影響力の強くなった地域で野球は浸透を深めていく。東アジアにおいて野球が盛んなのは日本、韓国、台湾であるが、日本が台湾と朝鮮半島を植民地支配したことを抜きにこの現象を説明することはできないだろう。

一般的に「グローバリゼーション」によって人々がコスモポリタンとしての意識が高まるのかといえばむしろその逆で、各地でナショナリズムがより意識される傾向も生まれる。そして野球においてもそうであるようだ。
本書では日本のオリックスでもプレーしたメキシコ出身のガルシアが取り上げられている。10年間MLBでプレーしたが、メジャーとマイナーとの昇降を繰り返していた。その後オリックスに入団するが一年で解雇。翌年はMLBのフィリーズと契約するがメジャーには残れずに母国のメキシカンリーグでプレー。さらに韓国へと渡りここで活躍することになる。より報酬の高い日本への再移籍も考えたが韓国に残ることにする。「韓国のプレースタイルはアメリカの野球に似ているので、日本よりも自分の性に合っている」と語っている。できればMLBに戻りたいが年齢を考えると現実的ではないだろう、とも。
ガルシアはアメリカの永住権を持ち、引退後も母国へ戻るつもりはないようだ。しかし韓国で高い報酬を得た後も金銭的には必要のないメキシコでのウィンターリーグに参加し、2009年にはキャンプにも参加せずにWBCのメキシコ代表へと馳せ参じ、韓国の球団でも帽子にメキシコ国旗を縫い付けているのである。

メキシコではMLBに正当な評価をされないことに不満を抱いたり、アメリカでの生活環境になじめないなどの理由からあえてメキシカンリーグに戻る選手もいる。しかしこのように帰ることのできる場を持つメキシコ人はまだマシなのだろう。ドミニカをはじめとする国々でも同様の現象が起こり社会問題ともなっているが、MLBで成功できなかった選手を吸収するだけのリーグも一般の雇用もない。


本書で一番興味深かったのはイスラエルに作られたプロ野球リーグである。
イスラエルでは野球人気が高いためにプロが作られたのではない。逆に野球の普及のためにプロが作られたのである。しかしそこは「野球不毛の地」だけあって、かなり滑稽なものともなっている。
選手の多くは当然外国人に依存することになる。後に中日に入団することになるネルソンのような「プロスペクト(有望)選手」はごく一部である。イスラエルのプロリーグはサマーバケーションの時期に二ヶ月間だけ行われた。そのためかつては腕をならした現在は教師をしている人物が束の間のプロ気分を味わうためにやって来たり、また45歳の弁護士(!)までも選手として参加している。この弁護士はコネ入団という評判がもっぱらで、実際戦力としてはまるで役立たずであり、チームに溶け込もうともしないことから周囲の評判は悪かったようだが、当人はそれなりにイスラエルでの「プロ」としての生活をなかなか楽しんだようだ。

イスラエルのプロ野球には日本人選手も参加していた。この選手はアマチュアでの実績にも乏しく、とてもプロとして成功するとは思えないのだが、当人もそれは十分にわかっているようだ。しかし野球を続けるためにスロベニア(!)のアマチュア球団を経てイスラエルへと辿り着く。著者はこのような選手を「自分探し」型としている。この選手の場合は少々極端であるのだろうが、日本の独立リーグなどでプレーする選手の中には、プロで成功するためではなく野球が続けることが目的の選手もいるという。

アメリカではFA制の導入以後、年俸の高騰からチケット料金も値上げされ、その結果としてより身近な存在として一度は消滅した独立リーグがビジネスとして脚光を浴びるようになる。MLBとしてもこのような独立リーグの「資本投下不要の新たなファーム」としての役割を歓迎した。球団が増えることによってその質は落ちるが、そのために「夢追い人」を呼び込むことになる。アメリカへと選手を送り込む「野球ビジネス」が「世界各地に興りうる」ようになっているという。イスラエルの奇妙な「プロ」リーグもこの流れを受けて作られたものであろう。


日本の海外青年協力隊の支援などにより日本の独立リーグとはいえジンバブエから初のプロ野球選手が生まれたといったあたりのエピソードは、その選手の意識面などを含めて面白かったのだが、本書に不満があるとすればこちらもWBCで日本と対戦したブラジルが大きく取り上げられていなかったことである。アメリカ資本ではなく日本からの移民が野球を伝え、日本企業のヤクルトがブラジルでの野球の普及に貢献している(従ってヤクルトにはブラジル出身の選手が数多く在籍している)。このあたりは本書の流れからはみ出したために省略されたのか、単に取材に行くことが出来なかったという時間的、物理的事情なのかはわからないが、個人的にヤクルトスワローズというしがないチームのファンなものでちょっと残念ではあった。

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佐藤太郎(仮)

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