魔都、名古屋

村上春樹・吉本由美・都築響一著 『東京するめクラブ 地球のはぐれ方』




基本的にこの本は肩の凝らない旅行エッセイなので刊行時にはお気楽に読んだのだが、『多崎つくる』の舞台の一つが名古屋であることをふまえて「魔都、名古屋に挑む」を読み返すとなかなか興味深いところも多い。なお完全に放言モードなので、名古屋市民が読んでどのような感情を抱くのかは保障の限りではない。名古屋の取材は2002年、単行本の刊行は2004年である。


「失われた世界としての名古屋」で村上はこう書いている。

「僕は思うんだけど、名古屋という場所の特殊性は、そこが押しも押されぬ大都会でありながら、どこかしら異界に直結しているような呪術性をまだ失っていないところにあるんじゃないだろうか。で、その「異界」とは何かっていうと、結局のところ僕ら(つまり名古屋市民のみならず普遍的日本人である僕ら)自身の内部にある古典的異界=暗闇なんですよね」(以下引用は単行本から。P.17)。

「要するに名古屋というエリアは、メスの入ってない手つかずの状態で、下界からが忘れられたまま、コナン・ドイルの「失われた世界」的に孤立進化してきたと言えるかもしれない」(p.18)。


『つくる』においてつくるでも「地の文」でもなく 沙羅がこのエッセイほぼそのままに名古屋を「失われた世界」に例えていることは深読み好きの人は大いに注意を払うべきかもしれない。


以下は三人の鼎談「オー・マイ・ゴット・名古屋」から。

「村上 僕が名古屋でいちばんびっくりしたのは、たとえば仙台とか福岡とかに行くと、ちょっと違う環境に来たなという、段差みたいなのを感じるじゃない? そういうのを味わってホッとするというか……
吉本 でも、名古屋にはないよね。
村上 そう。ただ単に空間移動して、架空の都市というか、抽象的な、観念的なところに来た、みたいな感じがする」(p.77)。

「村上 でも、名古屋の青少年は、この街にいたらわりに孤独なんじゃないのかな。よそから来ると、そういう印象がちょっとあるんだけど。
都築 うん。やっぱり孤独だと思う。
村上 どこかに集結するといっても……
都築 集まる場所が、ないもんね。この街は車じゃないと行けないみたいな形になってるでしょ。
村上 たとえば、東京なら若い子は渋谷のセンター街とかに来るじゃない。そこからさらに流れる先もあるわけじゃない。青山に流れてもいいし、原宿に流れてもいいしさ。名古屋にはそういう流れがとくにないんだよね」(p.80)。

「都築 そうそう。街はただの立ち寄り場でしかないわけ。立ち寄ってお金を使う場であって、コミュニティじゃないんだよね。
村上 関東でこういう都市はあまりないような気がするね。
都築 だから名古屋ってさ、ある種アメリカっぽい感じがすごくした。なんかすごーく希薄な感じ。
吉本 うん。
村上 でも、アメリカというのは結局、家庭性よりは、個人性が基本になってるわけじゃないですか。ところが名古屋の場合は実家性が基本にあるから、そのへんは全然違う。なんかそういう齟齬があるんだよね」(p.82)。

「村上 そういう面で、この町には、物語を作っていく段階になんか欠落があるような気がしてならばいんだよね。
都築 やっぱり名古屋を舞台にした小説は書きにくいっていうことですかね。
村上 書きにくいというか、だんだんもうカフカの世界になってくる(笑)
都築 『城』みたいな、そういう感じ。
村上 そうそう。
吉本 なによ、名古屋にやさしく、名古屋をいじめないっていう話はどうなったのよ。
都築 そうだよ。村上さんがいちばんひどいこと言ってるんだよ。
村上 そんなことない。いじめてないったら。これは一種ポストモダンの世界なんじゃないかと、僕は指摘してるんだ。
吉本 褒めてんのね。
村上 そうだよ。物語性を拒否した場所ということで、いわば再構築して読みこんでいるわけだよ」(p.86)。


『つくる』を「リアリズム」だと考えるのには慎重であるべきだという僕の考えを春樹さん自らが裏づけてくれてる! というのは冗談半分にしても(真面目にいうと「著者の考え」はあくまで括弧に入れておくべきものである)、ここらへんは真剣に考慮する価値があると思うのです。


「村上 結局名古屋スタンダードっていうのがあって、名古屋に生まれて、実家で育って、名古屋に住みつくとすごく居心地がいいから、名古屋スタンダードの中でわりにぬくぬく生きるわけじゃない。もちろんこれだけ情報化した世の中だから、名古屋スタンダードと名古屋以外のスタンダードの相対化というのが自然におこなわれているわけなんだけど、それがところどころで混乱してるんだよね。細かいところでね。そのへんが名古屋の面白さだと思う」(p.89)。

「吉本 いまの日本の何がつまんないかっていうと、どの街に行っても同じような店があり、同じようなものが流行り、若者も全部同じような恰好してるわけじゃないよ。そういう意味で言うと、名古屋はやっぱりちょっと独特で、個性的だよね。味噌カツだって、他の地域に普及してないことに、名古屋の人は気づいていないんじゃないかな。
村上 それ、家庭内セックスと同じなんだよ。
都築 なに、それ?
村上 家庭内で日常的にやってることを、外に出してやったら、「えー、なに、こんなことまでやるんですか!」とか言われたりして。
吉本 「え、こういうのじゃないの?」とか(笑)
村上 相対化ってむずかしんだ」(p.90)。


堅苦しい鼎談ではないので相互に矛盾してね? なんて部分もあったりするのですが、でもはっとさせられるところもあったりします。そう、『つくる』も「家庭内セックス」として考えるといろいろ腑に落ちるのですよね。




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佐藤太郎(仮)

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