「萌え」としての『邪宗門』……

ポ-ル・トーマス・アンダーソン監督の『ザ・マスター』を観たあと高橋和巳の『邪宗門』を久々に読み返してみたくなってパラパラと。

新興宗教、そして第二次大戦後の復員軍人という立場が一つのキーになっているという点では共通項もあるが、『ザ・マスター』におけるクィエルと『邪宗門』の千葉潔ではその精神性は逆であるといえよう。クィエルはトラウマに引きづられ、依存的でもあり、「師」を求めているのに対し、千葉は(おそらく主観的には)それを「乗り越え」、その体験をへたがゆえにある目的のために宗教を利用し、自らが率いることさえ厭わない。

オウム真理教による一連の事件が明るみに出た後、「政治運動に挫折した人間がオウムに入り込み、今度は宗教という手段で「世直し」をしようとした結果だ」というような見立てをした人がいたが、これは完全に『邪宗門』に引っぱられてのことだったのだろう。
実は僕が『邪宗門』を読んだのはそのような「見立て」があったことがきっかけだったのだが、当時でもオウムとの関連でこの小説を読んでいくというのは少し無理があるように感じたし、現在ではオウム事件と『邪宗門』を寄せて考える人はあまりいないのではないだろうか。


そんなこんなで十数年ぶりに読み返したのだが、時の流れというのが読者に影響を与えてしまうのだということを実感してしまった(というか自分が勝手に妙な邪念が浮かんでしまっただけなのだけど)。


冒頭にこんな描写がある。


プラットホームの先端で、タブレットを機関助手からうけとった駅の助役が、駅のはずれにあるシグナルをたしかめて駅舎にもどろうとして、プラットホームに一人のこっている少年の姿を見とがめた



昭和6年にipad的な物が存在する平行世界! ということではもちろんなく、「列車運転の際機関手に渡す円形証票」(研究社「新英和中辞典」)なのだが、2013年に「タブレット」と目に入るとあっちの方を想像してしまう。さらに二十年後にここを読んだらどんな印象を持つのだろうか。


この「少年」というのが千葉潔のことで、彼は行き倒れていたところを「ひのもと救霊会」の教主の娘でありながら足が悪いこともあって信者の家庭で育てられていた阿貴に発見され、引き取られる。阿貴は内気で引っ込み思案であったが、千葉にはよくなつき、移動のためによくおんぶもしてもらっていた。一方で阿貴の姉、阿礼は甘やかされて育ったという印象は否めず、傍若無人な振る舞いも目立つ少女であった。

その後なんやかやといろいろな事件があり、教主と教主代理であった両親が獄中にある中、すっかり成長した阿礼は教団の責任を一身に引き受け、多忙な生活を送っていた。そして長らく行方不明となっていた千葉潔が(旧制)高校生として再び阿礼のもとに姿を現した。

ということで第十三章の「感傷旅行」である。
阿貴は四国にお遍路に出ていたが、体調を崩して身動きがとれなくなったという連絡が入る。阿礼は当初は使いの者を出そうとしたが、思いなおして千葉を誘い、お供の千草と共に四国へと向かう。阿礼にとっては久々の息抜きともなる旅行のはずであったが、阿礼がイメージしていたのとは少々違うものになってしまいご機嫌ななめのプンスカ状態。そして……


「何をしてるのよ。大きななりをして鼻くそをほぜくったりして。みっともない」
 阿礼は甲高い声で叱りつけた。
 千葉潔は、大阪の豪商の息子である友人のところへ金を借りに行っていたのだと言って、同じ列車に大阪から乗ってきた。顔を見たときには我を忘れるほど嬉しかったのだが、にもかかわらずすでに数時間、彼女は千葉潔に文句ばかりつけてきた。なぜ京都駅へ電話して構内アナウンスでも知らせてくれなかったのか。なぜそんなに汚い草履ばきでやってきたのか。首筋も耳も垢だらけじゃないの。いっしょに旅をしていると思われたら恰好が悪い、もっと離れていて! なんという大食漢なのよ、千草の分の弁当がなくなちゃったじゃないの。そんな大きな声で馬鹿笑いしないでよ。ああ、もっさい人ね。実際こんなことなら、いっしょにきてくれなんて頼むんじゃなかった。



四国に渡る船のデッキでは「千葉潔と田所千草が田舎者の兄妹のように、何かを話しあいながら笑って」いた。「あの島はなんというか知っていますか」と千葉が訊ね、、千草が「なんて言うの?」と訊き返す。「無名島ってんですよ。は、は、」と千葉潔が大声で笑うと……


 阿礼は数メートルの距離を小走りに駆けていって、彼の頭を打った。そんなことをするつもりはなかったのだ。日頃の彼女の行為は常に意志的なものであり、自覚的な意識にはっきりと照らされていた。今の自分はなにか調子が狂っている。そう思いながら、その時、飲みすぎたサイダーのげっぷが鼻につきぬけるように、ツンと咽喉から鼻腔にかけてむず痒くなり、一瞬、彼女は幸福だった。


これって完全に「ツンデレ」じゃありませんか。『邪宗門』がアニメ化されたら(なんてことはあり得ないだろうけど)このあたりはラブコメ調になるのだろうか。阿礼がもともと「お姫さまキャラ」だったのならば、病弱で内気な阿貴は「妹萌え」か(というのがどういうものなのかよくわかっていないのだが)。

「ツンデレ」という言葉の初出を検索してみたら2002年あたりらしいということのようだが、もちろんイリオモテヤマネコが発見される前にイリオモテヤマネコそのものが存在していなかったわけではないように、「ツンデレ」という言葉がなかったからといってツンデレ的女性キャラクターが存在していなかったということではない。庄司薫の薫クンシリーズの由美ちゃんなんてそれにあたるだろうし、今から振り返ると昔『赤頭巾ちゃん』を読んでの由美ちゃんに対する僕の感情は「萌え」に近いものであったのだろう。
イリオモテヤマネコがイリオモテヤマネコと名づけられることによって、大括りな山猫から一つの「種」として認識されるように、「ツンデレ」という言葉の流布によって、阿礼の性格のある種の傾向がより強く印象づけられてしまうということもあるのかもしれない。もっとも当方アニメ等には全く疎いもので、「ツンデレ」やら「萌え」の解釈が根本的に間違っているのかもしれないけれど。


と、このような感じでしょうもない妄想というか邪念が湧きあがるほど、第二部の後半というのは不思議と牧歌的ですらあるかのような雰囲気も漂っている部分がある。

千葉の旧制高校での寮生活の模様もその一つである。日中戦争の本格化から真珠湾攻撃へと向かいつつある時期であり、「蓑田胸喜」というような不気味な名も登場してくるのだが、それでもまるで『コクリコ坂』を思わせるような場面もある。たとえば第十八章「甘美な惑い」のこんな部分。


「おーい、いま俺を呼んだか」と二階から声がかかった。/「うるさいぞ、何も呼んでやせん」依然として寝床にねそべったままの小早川が天井に向かって答えた。/「いや絶対に呼んだ。日本浪漫派を誹謗しおった。アカ共! また何かごそごそ相談してやがるな。そのうち急襲〔アタック〕する、用心せよ」/「いつでもこい!」隣室の窓をあけて、岡山栄が言った。


このあと千葉らは津田左右吉の神話の読み解き方、そこからさらに司馬遷の『史記』についての会話を交わしていたが、その作業は中断されてしまう。


ふいにどんどん廊下を踏み鳴らす音がして、部屋の扉が外から開けられたからだ。二階の大川をはじめ、彼の同室の者や柔道部の部員が褌一つでストームをかけてきたのだ。うおっと蛮声をはりあげながら、南京豆の皮や蜜柑の皮、煙草の吸殻や汚れた猿又などを部屋に投げこむ。昔は寝いりばなに水をぶっかけたり灰をまいたりしたそうだが、ストームはかけながらも怪我をさせない配慮だけはしていた。


千葉が(旧制)高校に進んでいるというのは物語の自然な流れからするとかなり無理があるのだが、それはここで人脈を築くという設定とともに、このような時代からすると奇妙ともいえる明るさを描くためでもあったのだろう。
おそらく高橋がこの作品で最も描きたかったことは終盤の四分の一ほどであろうし、であるとするならば前半から中盤にかけてはあまりに長いように感じなくもないのだが、しかしこの「冗漫」さゆえに終盤の千葉の心理や千葉や阿礼のその悲劇性というものがより印象づけられるものでもある。


『ザ・マスター』が作られたのだから『邪宗門』も映画化を! とまでは望むつもりはありませんが、しかしこの小説が品切れ絶版状態というのはマズいんでないのかい。さすがに「萌え」という観点から読むのがまともな解釈だとは言いませんが、時代ごとに見え方が違ってくる作品であることは確かでしょうし、こういう作品は流通させておくべきだと思うのですがね。




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佐藤太郎(仮)

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