『完全版 知恵の七柱』

T・E・ロレンス著 田隅恒生訳 『完全版 知恵の七柱』







映画『アラビアのロレンス』を久々に見返して、ロレンス関係の本を何冊か読んでみたりしたことはこちらに書いたが、ここまできたら思い切ってということで恥ずかしながら未読だった『知恵の七柱』をようやく手に取ってみた。

まずは『知恵の七柱』の成立過程について簡単に触れておく(これだけで一冊本が書けてしまいそうなくらい入り組んだものになっているが、このあたりは第一巻及び第五巻のジェレミー・ウィルソンの論文及び「訳者前書き」、「訳者後記」に詳しい)。

ロレンスは1919年1月に第一稿を書き始め、途中原稿が盗難に合うというような災難に見舞われつつ1922年に第三稿を完成させる。この稿は「タイピストを雇って清書するよりも経費がかからないため」、オックスフォード・タイムズ社の印刷所で8部だけ刷られた。これが「オックスフォード・テキスト」と呼ばれるものである。その後さらなる曲折を経て、1926年に予約者限定の豪華私家版として200部前後刊行された。これはオックスフォード・テキストと比べると大幅に書き改められた簡約版となっている。35年のロレンスの死後に普及版が出されることになるが、この簡約版を底本としている。以降流通している『知恵の七柱』はこの簡約普及版であり、本書と同じく東洋文庫に収められている柏倉俊三訳も無論そうである。

「訳者前書き」によると死後になってもオックスフォード・テキストが刊行されなかったのはロレンスの生前の意志とは無関係で、版権を獲得した出版社の商業上の理由であったようだ。オックスフォード・テキストを読んだジョージ・バーナード・ショーはロレンスに簡約版を出さないことを勧めていたし、E・M・フォースターもロレンスの死後に簡約版よりもオックスフォード・テキストの方が優れていることを請合っていた。他にもレナード・ウルフなど錚々たる面々がオックスフォード・テキストを賞賛していたそうだが、そう考えると出版社の態度はどうにも腑に落ちないところであるのだが(商業的にもマイナスとは思われない)、なにはともあれそのようにしてオックスフォード・テキストは長らく一般の人の目に触れることはなかった。
そしてロレンスの著作権が切れると、「公認」伝記の執筆者でもあるジェレミー・ウィルソンがこれを編纂し97年についに公開され、そして本訳書も刊行されることになった。

なお本訳書にはオリジナルに収録された写真も多数あり、さらには普及版では粗雑なものが使用され続けていたロレンスの足跡を記した地図も最新の研究等をふまえたものが、そして詳細な訳注も付されている。
僕は柏倉訳自体が未読なもので比較することはできないのだが、単に分量でいっても多い部では50パーセント近くが削られていたことを考えると、昔読んだ人も新たにこちらを読んでみるといろいろと面白い発見があるのではないかと思う。

訳者の田隅恒生氏と今回地図作成を行った八木谷涼子氏との対談はこちら


「訳者後記」で田隅氏は『知恵の七柱』をどのジャンルに分類するかについて、「私見では旅行記の色合いがもっとも濃いと思われる」としている。確かに読後感はこれに近い。第一次大戦中にイギリス人がアラブ人の中に入り込みトルコにゲリラ戦を挑むという極めて特殊な状況に目がいきがちであるが、知的で文学的アリュージョンに満ちた文章や自国イギリスやアラブ人を時に辛辣に描く筆致など、これらは優れた旅行記に欠かせないものであろう。
ガートルート・ベルは若き考古学者ロレンスについて、彼の母親に“he is going to make a traveller”と言ったそうだ。歴史のifを持ち出せば、仮にロレンスが考古学の世界に戻るか、文筆業で生計を立てようとしたなら、おそらく優れた紀行作家になっていたのであろう。

一般的には『知恵の七柱』は一応は回想録とされるだろう。「一応」とつけるのは、本書にはロレンスの単なる記憶違いのみならず、事実を正直に書いていなかったり虚構化が強く疑われたり、あるいは様々な理由から意図的に書かなかった部分が数多くあるためである。もちろん「自伝」をどこまで信用するのかについては慎重さが求められるのだが、『七柱』に関しては留保しなければならない部分が多すぎるというのも確かであろう。「訳者後記」ではかつてロレンスの暴露的伝記を書いたリチャード・オールディントンのこの作品は「ある意味での創作」という言葉が引用されているが、やはりそう考えるべきなのだろう。


そうすると問題なのは、『七柱』をさらに改変した映画『アラビアのロレンス』である。『七柱』が「ある意味での創作」であるとするなら、映画『アラビアのロレンス』は事実に着想を得ただけの完全なる創作となる。
とはいえ、現在ロレンスについては映画の持つあまりに強烈なイメージを抜きに考えることは難しい。現実のロレンスは小柄であったがロレンスを演じるピーター・オトゥールが190センチを超える長身であることは「史実との違い」としてよく引き合いに出される。さらにはファイサルはアレック・ギネスが演じたことからすでに中年というイメージになってしまっているが、実際にはロレンスとほとんど歳が違わず、蜂起を開始した時にはまだ31歳であった。

しかしやはり映画に引きずられずにはおれないということで、以下映画との比較でいくつか書きだしてみる(なお映画を改めて見返してはいないので若干記憶の怪しいところがあるがご海容を)。


映画では序盤、ロレンスはベドウィンの案内人を雇ってファイサルの元へ向かう(これは映画の完全な創作)。ロレンスは水筒からカップ一杯だけ水を飲む許可を得る。しかしベドウィンは自分は飲む必要はないと言い、ロレンスはならばと水を水筒に戻す。しかし四十七章にはこんな部分がある。「アラブは生涯を通じてとめどもなく水を飲む。水については節制力がほとんどなく、水は量を決めて控え目に使うことを勧めてもむだである」(第二巻 p.231)と、まるで逆なのである。もちろんロレンスはずっと渇きと戦っている彼らに「そのようなことを持ち出すのは出すぎというものだ」ということもわかっている。

映画ではこの案内人は哀れにもオマー・シャリーフ演じるシャリーフ・アリに射殺されてしまうことになる。砂漠のはるか彼方から表れるアリを映し出したここは名場面とされると同時に「アラブ人を残虐だと印象づけている」という批判もされる箇所でもある。これも完全なる創作部分であるが、第二十八章で野営中に駱駝泥棒を発見したファイサルは激怒し、200ヤードほど離れた男に発砲するという箇所がある。弾は外れたが驚いた男は鞍から転げ落ちる(第一巻 p.340)。もしかするとここからヒントを得たのかもしれない。

映画では案内人を失ったロレンスは一人ファイサルを探し求める。渓谷に出ると自分の声をこだまさせる場面があるが、ここも創作。
映画ではアカバへ向かう途中でアウダが仲間に加わるが、『七柱』ではこの遠征を開始する時点ですでに仲間になっている(アカバ攻略作戦自体がアウダの発案であったする意見も一部にはあったほどだ)。アカバへと向かう途中、深夜に闇の中、谷を登る際に先頭を行くアウダは居所をはっきりさせるために「ホーホー」という歌を繰り返したのだそうだ。長い列をなしていた一行はアウダの歌声の反響によって彼が曲がっていったのがわかり、「歌声をありがたく思った」(第二巻 p.176)。こだまを轟かせるロレンスはこのあたりから引っ張ってきたのだろう。

映画ではロレンスの従者となるファッラージュとダーウードはコミックキャラクター的に登場する。これは『七柱』も同様であるが、二人の初登場時で注目すべきは、ロレンスが少年二人の「情愛」をはっきりと書いていることだろう。「アラブにあってはどんなに熱烈であっても思いやりが深いだけでは無邪気なものであって、性的なものが入ると、情熱の強さは彼らの結婚に見られるような一種の打算に、非精神的な関係に移ってゆくのだ」とある(第二巻 pp.185-186)。ちなみに後にロレンスはファッラージュと共に女装してアンマーンの町に偵察に出るのだが(第四巻 p.182)、ロレンスがおそらくは同性愛者であったことを考えると興味深くも思える(もちろん服装の関係で女装という手段はよく用いられるので過剰な意味づけをすることにも慎重であるべきだが)。なお第一巻には献辞を捧げている、「ホモセクシャルな感情の対象であった」S・Aことサーリム・アフマドのロレンスが撮った写真が、そして第三巻にはファッラージュとダーウードの写真も収録されている。

映画ではアカバへの途上、駱駝から落ちて行方不明となったガシムを救出するために一人引き返す場面がある。『知恵の七柱』にもこのエピソードはある。映画では戻ってくる二人をダウドが見つけ駱駝で駆け寄る感動的なシーンとなっている。DVDの特典映像によるとここでは本当はロレンスの所でピタっと駱駝を止めるはずだったのが、御しきれずに行き過ぎてしまったのだという。しかしこれによってかえってダウドの喜びの様子が浮かびあがることになる。ところが『七柱』ではアウダがロレンスたちを探しにくるのであった(第二巻 p.227)。アウダにとってはたびたびおいしいところを変えられてしまっている。僕のように映画を見てから『七柱』を読むと「アウダのイメージ結構変わるなあ」という感じなのだが、先に読んでから映画を見ると「アウダはこんなんじゃない!」と思ってしまうのかもしれない。
映画ではこの英雄的活躍によって認められ、アリからアラブ服を贈られるのだがこれも創作。

ファッラージュとダーウードのいたずらエピソードは『七柱』でいくつか登場する。第五十章ではこんなものがある。アカバへの途上一行は蛇に悩まされる場所に出る。ロレンスは蛇が苦手であったのだが少年二人組はへっちゃらで偽警報を出したりなんの害もない木の枝などを叩きまくったりして騒ぎを起こしていた。腹を立てたロレンスは「二度と蛇という言葉を口にするな」と厳しく説教する。しばらくすると二人は笑いながら互いの腹を突き合っている。どうしたのかと二人の視線の先をたどっていくと、「褐色の蛇がとぐろを巻き、私に向かってぎらぎら光っていた」のであった。ロレンスはアリーを呼んで蛇を片付けてもらうと、二人を鞭打って「今後は、私をひどい目に遭わせてまで言われた言葉どおりにするべきではない」と「悟ら」せる(というか逆ギレする)のであった(第二巻 p.258)。

ファッラージュとダーウードは「道中ではいつも快活」であったが、「野営地では彼らの元気すぎることは騒々しくて、絶えず事件を惹き起こす。そうなると、私は多少とも手間と費用をかけて彼らを救ってやらねばならな」くなる(第三巻 p.211)。
アカバ滞在中二人は知事のものとも知らずに駱駝の頭を真っ赤に、四肢を真っ青に染め上げてしまった。大騒ぎとなり、拘束された二人は何も知らないと喚いたが肘まで染料をたっぷりつけていたとあらば言い逃れはできない。ロレンスのとりなしで二人は釈放されることになるが、この報いとして二人はデラア事件の起こる少し前にクビにされてしまうのであった(第三巻 p.312)。

映画では砂漠に飲み込まれて命を落とすダーウードだが、『七柱』ではクビにしたしばらく後にファッラージュと再会したロレンスは、彼からダーウードが厳しい寒さで死亡したことを告げられる。「子供のころからの友だち」であった二人は、「尽きることのない陽気さで行軍の気晴らしをするのを楽しみ」とし、「野営地では一緒に仕事をし、一緒に眠り、些細なことでも苦楽を分け合い、彼らの愛が純真であることの隠し立てのなさ、裏表のなさで示していた。というのは、ほかのいくつかの組の場合に、情念の高まりとともにそれがもはや友情ではなくなり、半結婚、外聞を憚る肉の結合となることをわれわれは見てきたからだ」(第四巻 p.156)。
ダーウードの死を告げたファッラージュは「暗い、きびしい顔つきで、どんよりした目つきの老け込んだ感じ」となり、「ほかの者が慰めても効果はなく」、「陰気に黙りこくり、まったく一人きりで落ち着きなく歩きまわっていた」のであった。

映画では鉄道爆破用の爆弾の信管の暴発によって重症を負うが、『七柱』では再びロレンスと行動を共にするようになったファッラージュはトルコ軍との銃撃戦で重症を負う。助かる見込みはなく、トルコ兵の残虐な行為を避けるためにロレンスがとどめをさすことになってしまうのは同じである。最後のファッラージュとロレンスのやり取りは『七柱』からそのままもってきている。「ダーウードがあなたを怒っていることでしょう」とファッラージュが言うのは映画のみではよく意味が取れなかったのだが、『七柱』を読めばその背景がわかる。
ロレンスの「私からの挨拶を伝えてほしい」と言うと、「御身にアッラーの平安が恵まれんことを」とファッラージュは返し、「私が仕事をしやすいように、目を閉じた」のであった(第四巻 p.188)。


映画では汽車襲撃し、ナルシスティックに客車の上を歩いているとトルコ兵に撃たれるが、軽傷であったためにかえって全能感を強める場面がある。『七柱』でも確かに撃たれたものの軽傷であったという場面があるが、描写としてはあっさりしたものである(第三巻 p.179)。
また映画の後半で常軌を逸したかのようなロレンスがならず者たちを雇い、アリにたしなめられる場面にしても、『七柱』ではロレンスに多額の賞金がかけられ「親衛隊」として無法者などを雇ってはいるが、こちらも狂気めいた印象はない(第四巻 p.37)。
トルコ兵を捕虜に取らずに皆殺しを命じた場面も、『七柱』ではかなり淡々と描かれている(第五巻 p.159)。
『七柱』では(当人が書いているのだから当然といえばそうなのだが)、ロレンスの「狂気」が前面に出てくることはない。

一方でロレンスがトルコ軍に捕らえられ拷問を受けるダルアー事件については、『七柱』の描写を正確に再現しているわけではないが、その雰囲気というものはよく取り出せているようにも感じられた。


ロレンスの行動や考えには様々な立場から批判があるが、少なくともイギリスの三枚舌外交に納得がいっておらず、とりわけサイクス-ピコ協定の中身を知りつつもごまかしていることに罪悪感を憶えていたことは『七柱』で言及されるし、それはおそらくは真実であったのだろう。映画ではどうしてもロレンスのパーソナリティに焦点を合わせたがためにここらへんが置いてきぼりになっているという印象はある。

映画ではダマスカス入城をアラブ軍はイギリス軍と争うかのように描かれているが、『七柱』ではアレンビーはアラブ軍が先に入城することを望んでいたとある(第五巻 p.186)。ロレンスはダマスカス進軍までにいささか不可解な行動を取るのだが、訳注でこれはサイクス-ピコ協定でフランス側に組み入れられていた地域をアラブ軍が占領することで既成事実を作り上げてフランスの勢力をそごうという意図があったようだ。

映画ではダマスカス奪取後に政治的に大混乱に陥り、ロレンスは敗北感を強めていく。確かにダマスカスは大混乱となったことは『七柱』でも描かれるが、ここで作られたダマスカス政府は2年間持ちこたえることになる。
しかし捕虜や負傷者を治療できず、死体が山をなす酸鼻を極める状況は『七柱』にもある。こちらではロレンスたちはこの状況をなんとかしようと奮闘し、それなりに目処がついたところで事情を知らないオーストラリア人軍医が現れ、ロレンスを恥知らずと罵り平手打ちする(第五巻 p.226)。映画ではここで無力感と絶望に沈み、虚ろな表情のままアラブを後にすることになり、それが冒頭の葬儀の場面へと繋がっていくことになる。『七柱』ではロレンスが絶望感を味わうのはダマスカスでのアレンビーとファイサルとの会見が不調に終わったためであり(直後のファイサルの写真が収録されている)、またロレンスはこの会見の模様については正直には書いてはいないようだ。そしてアレンビーに離任願いを出した直後のアラブ服を着たロレンスの沈んだ表情の写真も収録されている。
確かに映画は事実はおろか『七柱』にすら忠実とは言いかねるのだが、同時にこのロレンスの表情を見るとある種の部分は拾いあげてはいるのだという印象もまた持たせる。


現実のロレンスはこの後にパリ講和会議や植民地省の官吏としてさらなる失望を味わい、その最中に書かれていたのがこの『知恵の七柱』なのであったということもふまえておかねばならないだろう。
という感じで読後にまた映画『アラビアのロレンス』を見返したくなってしまった、というのが正しい反応なのかはわからないけど、やっぱり知れば知るほど繰り返し見たくもなってくるのですよね。


最後にロレンス自身がロレンスとは何者かについて率直に書いている第百十八章「誕生日」から引用を。

私は自分の内部に、さまざまな力や実体のあるものが一団になっていることを自覚している。正体を隠しているのが、それぞれの特徴だ。まず、好かれたいという願望がある――それはきわめて強く、また臆病なために、私は他人にありのままを見せて相手を友人にすることができない。一生懸命に努力をしたあげくに失敗する怖れから、私はやってみることを躊躇する。のみならず標準というものがある。相手が同じ目的で、同じ言葉で、同じ方法で、同じ目的のために充分な答えを返してくれないかぎり、懇意であることで恥をかくと思うからだ。
  (第四巻 pp.349-351)

また、知られたい、有名になりたいという願望があり、知られたいと思っていると知られることへの恐怖がある。名誉に自分があこがれていることを軽蔑するあまり、私はどんな栄誉が提供されても受け取らなかった。私は自分の独立ということをほとんどベドウィンなみに大事にしているのだが、それをもっともよく実感できるのは私が聞こえるところで、他人にその独立性の感想を言わせることだと分った。想像力の弱い私に自分の外見がもっともよく分かるのは絵に描かれたときであり、また他人の遠まわしな評語を小耳に挟むことでしか、私は自分の作られた印象を知ることができない。したがって、自分のことを小耳に挟みたい、偶然に見たいという切望は、私の神聖不可侵な城砦に自分で仕掛けている襲撃なのだ。 (第四巻 p.351)


ここを読むとロレンスが自身を冷徹に評価することのできる能力があることがわかり、惜しい才能を消耗させてしまったのだとも思うが、それもまたロレンスなりということなのだろう。


ジェレミー・ウィルソンによる「公認」伝記はこれだが、品切れなり……




そしてこちらは楽しみ。




田隅氏は他にもロレンスと前後してアラブに入った人々の旅行記などを訳されたりしておられるが、これらもそのうち読んでみたい。




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佐藤太郎(仮)

Author:佐藤太郎(仮)
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