『逆光』

トマス・ピンチョン著木原善彦訳『逆光』
読み終えました、ふう。




1893年、<偶然の仲間>のメンバーは水素飛行船<不都号>でシカゴ万博へと向かう。
コロラドでは無政府主義者の鉱夫ウェッブが資本家に爆弾闘争を挑んでいた。
シカゴで無政府主義者狩りを行っていた過去を失った探偵ルーは、コロラドへ向かう…

……粗筋を短くまとめるのは僕には無理、諦めます(泣)。

これはある一家の年代記であり歴史小説であり、政治、SF、冒険、
ジュブナイル(<偶然の仲間>は小説内で小説の登場者でもある)とにかくもう
なんでもかんでも、壮大に詰め込んだ小説である。
場所だけでもアメリカ各地、メキシコ、西ヨーロッパ、東ヨーロッパ、
バルカン半島、中央アジア、シベリアまでとほんとにもう。

謎の組織や陰謀などの部分は
前作の『メイスン&ディクスン』よりも「ピンチョン的」と言えるかもしれない。

そして、とりわけ前半においてはピンチョンの「左翼性」というものが
かなりストレートに表出されている。
本作全体をも暗示する場面として次のある会話を引用してみよう。

「しかし歴史を見れば、現代の科学が錬金術に取って代わるようになったのは、つい最近、資本主義が本当に軌道に乗りだしたのとほぼ同時期だ。奇妙だと思わない思わないかい? どういうことだと思う?」
 ウェッブは同意してうなずいた。「ひょっとすると、資本主義自身が錬金術っていう古い魔術を必要としなくなったってことかもな」(中略)「だってそうだろ? 資本主義は独自の魔術を持ってて、それで十分間に合ってる。鉛を金に変えなくたって、貧しい人間の汗を搾り取って、それをドル札に換えて、鉛は治安維持のためにそのまま取っておくんだから」
「そして、その金と銀は……」
「連中は気づいていないがそこには呪いがこもっているかもな。金庫の中に蓄えられてるが、それがいつか―」
 (上pp.122-123)

もちろんそこはピンチョン、この調子が延々と続くわけではありません。
特に後半に行くにつれて政治的部分は後景に引いていきます。
しかしやはり資本主義というものは本作の大きなテーマでもあるでしょう。

中盤から数学者たちが大挙して登場してきます。
数学というと僕らはつい科学的、合理的なものの代表のように思ってしまいますが、
例えばピタゴラス派というのは数学者の集まりではなくある種の宗教集団だったようですし、
ニュートンが錬金術に凝り、遺髪から水銀が検出されたと言うのは有名な話です。

資本主義というものを人間の合理性から生まれ、発展したと考えることはできるのでしょうか。
19世紀末から20世紀初頭は、世界の「脱魔術化」が進むとともに
資本主義が大きく「発展」した時代でもあります。
本作は第一次世界大戦前後までを描いたものですが、
1917年にロシア革命が起こり、そして右からの反動としてファシズムが勃興します
(最後の方にそれを暗示する場面があります)。

ピンチョンはここでは明らかに無政府主義にシンパシーを抱き、
資本主義へ嫌悪感を抱いています。
一方で「爆弾闘争」こそが解決策だと提示しているのでしょうか。
この小説の縦軸となるのはある一家の復讐譚ですが、
その結末は必ずしも明るいものではありません。
むしろピンチョンが提示しているのは、資本主義という魔術への挑戦、
自明のものと見なすのではなく、これもある種の「陰謀」、「魔術」の結果で
あるかもしれないという可能性ではないでしょうか。

そうであるなら抵抗も決して不可能なものではないのかもしれません。
もちろんあからさまにそう書いているのではなく、
僕が自分に引き寄せているだけかもしれませんが。
(下の668ページで切手マニアの父親にあえて貴重切手を使用して手紙を書く
ユーボール!これは抵抗の一形態か)
幻想的ともいえる最後は希望を託したとも取れるでしょう。

とにかくこの大作を完全に捉えるというのは難儀なことであります。
とても僕のような人間には手に負えないというのが正直なところでもありまして。

そう考えると帯に引かれた書評や訳者あとがきで「読みやすい」とあるのは
どういうこっちゃ、とお思いの方もいるかもしれません。
何せ上下合わせて1706ページ!そしてあまりにも多い登場人物!
こう見ると足がすくんでしまう方もおられるかもしれませんが、
本作は書評にあるように、めくるめく出口のない迷宮世界だとか
余白だらけの謎だらけというわけではありません。
すぐれた記憶力を持つかメモを取りながら読めば
道に迷うことも比較的少ないことと思います。
(と言いつつ記憶力も悪くメモも取らずに読んだ僕は物語が進むにつれて、
これ誰だっけ、という状態に陥ったのですが……)

個人的に悔やまれるのは僕という人間は数学はおろか
算数の途中で理系脳の進化がとまっていることであります。
とにかく全編に渡って大ネタ小ネタ乱発であるのですが
(グルーチョ・マルクスやベラ・ルゴシも登場!)
数学関連というのはネタなんだかなんなんだかすらわからないありさまで。
かといって歴史ネタに反応できたかというとそうもいかなかったのですが。

まぁ欧米の人間のうち幾人が内田良平や明石二郎に反応できるか、というところでありまして
(ちらっとですが言及されます)。
これもと言ってもなんですが木村駿吉なんて全く知らなかった僕であります。
釣鐘ウメキもw
(そういえばこの間山田風太郎の『ラスプーチンが来た』を読んだのですが
明石二郎が大活躍します。ピンチョンと風太郎、近づけるのはさすがに無理か……)

ちなみに僕が好きだったキャラクター一位はマール・ライダウト。
人のいいボンクラ奇人というのはいいものです。
二位は犬のパグナックス!もっと出てきてほしかった。

あとロッシーニの「どろぼうかささぎ」が出てくるのですが
ピンチョンって『ねじまき鳥クロニクル』読んでるのかしらん。
たまたまだろうけどピンチョンなら何してくるかわからんし。
それに下の523ページの「世界が両親と子供という例の三角形に還元されていく」
というのは精神分析への含みだろうけど、ドゥルーズとかのこと
どう思っているんでしょ。

訳者あとがきによればAgainst the Dayには主として三つの意味がある。
一つは聖書からくる「裁きの日まで」「裁きの日に備えて」など。
二つ目には写真に関連した「逆光」。
三つ目に「時流に逆らって」とも解釈できるとしている。
ピンチョン自身が二つ目の意味がでるようにと回答したとのことだが、
木原さんは「逆光」はぎゃっこう、つまり「逆行」(三番目の意味でもある)とも
とれるタイトルになったと書いている。
21世紀に資本主義に爆弾で挑む無政府主義者の物語をアメリカ人作家が書く。
このことの勇気と意味も味わうべきだろう。

ついでに本作品とも関係深そうなピンチョンのエッセイ
Is it O.K. to be a Luddite?はこちら


いろいろ書きたいことはあったんだけど収拾つかなくなってきたんでこのへんで。

正直途中だれるところもないではありませんし、
これ必要?というようなとこやあの人あれで終わりなの?ってなところも
あるのですが、やはりこのスケールには圧倒されます。

これだけリサーチしたピンチョンもすごいのですが
訳した木原さんもほんとにごくろうさまです。

訳者あとがきにあげられてた本作の理解に参考になる本は
読もうと思っていてまだ読んでないのが多かったんだよなぁ。
まだまだ勉強、精進であります。
(である調とですます調とがまざっちゃったw面倒臭いんでなおさない)


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佐藤太郎(仮)

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