『別名S・S・ヴァン・ダイン』

ジョン・ラフリー著 『別名S・S・ヴァン・ダイン』




ウィラード・ハンティントン・ライト。甘やかされて育ち、才気走ってはいるが傲岸不遜。大衆に媚びる作家を罵倒し(もちろん探偵小説家も)世の良識を嘲笑い、政治的には反動家。
遠くから眺めるのならいいかもしれないがあまりお近づきになりたいタイプではないだろう。

21歳でロサンゼルス・タイムズの編集者に、25歳でスマート・ランセット誌の編集人になるなど早熟ぶりを発揮し、何度か成功のとば口にまで立つが三十代半ばには経済的に、そして肉体的にも精神的にも破滅の寸前にまで陥る。追い詰められたライトが賭けとして生み出したのが、謎の作家S・S・ヴァンダインであった。

ライト自身は「貴族的」に生きたかったのだろう。金銭に頓着せず、ただ唯美的に生きることが貴族的なのだとすれば。しかし幸か不幸かその望みは叶わず、その結果として生み出されたファイロ・ヴァンスはライトの願望の投影でもあったのだろう。

ファイロ・ヴァンスシリーズは瞬く間に大きな成功を収めるが、その凋落も早かった。
一つには時代の変化もあるのだろう。ジャズ・エイジに誕生した浮世離れした主人公を擁するこのシリーズは、大恐慌時代にはハメットらのハードボイルドにすっかり押されてしまう。しかし原因はそれだけではないのかもしれない。単にヴァン・ダインの生み出す作品の質が大きく低下したということも大きな要因であろうが、それだけではないのではないだろうか。

個人的にはヴァン・ダインの作品を読んだ後というのは違和感というか、すっきりしないものを憶えることが多かった。ファイロ・ヴァンスの行動がしばし倫理的にどうなのよと思わされるということもあるが、作品自体にどこか「狭さ」を感じてしまうからかもしれない。衒学的脱線を繰り返すヴァンスのキャラクターは確かに魅力的なのだが、そのシリーズを通して探偵小説の枠を広げようという志というものをヴァン・ダインが抱いていなかったような印象も持ってしまう。
もちろんカネのために作品を書き飛ばしたのはヴァン・ダインに限らないのだが、探偵小説というジャンルへの忠誠心というか、「愛」という言葉が適切なのかはわからないが、そこらへんが欠けていたのではないかという気にもなる。このあたりはヴァン・ダインから大きな影響を受けたエラリー・クイーンが作風を変化させていったこととの対比で考えるとわかりやすいかもしれない。

生前に急速に人気を失っただけでなく、その後もアメリカでは忘れられた作家となってしまったのは単に作品の質という以外にここらへんも影響しているのだろう。アメリカでの評価や日本での受容については詳しい解説が付されている。

かつては軽蔑しきっていたものに手を染めなくてはならないというのは屈辱であっただろうし、またそのことによって莫大なな金を得るというのも皮肉な話でもある。極端な浪費によりまたも金銭的に追われ始める晩年というのはそのコンプレックスのなせることなのかもしれない。
エピグラフにライト=ヴァン・ダインについての様々な言葉が掲げられているが、まさにここにあるように、興味深くも度し難く、悲劇的でありながら滑稽でもあった男でだったのである。


と、なんだかヴァン・ダインに否定的なような書き方をしてしまったが、別に嫌いなわけではないのです。新訳は読んでないのでそのうち再読してみようかな。



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