ケインズ嫌い

『ホブズボーム 歴史論』には1980年に行われた「歴史と経済学者」という講義が収録されている。そこにはこんな箇所がある。

「前の『ロンドン・タイムズ』の論説委員は、もしケインズの性的好みがじっさいと違っていたならば、彼はミルトン・フリードマンのようになっていたかもしれないと述べたが、その考えに賛同する経済学者は一人もいないであろう。ケインズの私生活がケインズの思想と関係があると考える経済学者はいないであろう」(p.156)。

ホブズボームはここで、この「前の『ロンドン・タイムズ』の論説委員」の発言を倫理的に非難するためにではなく、狭義の経済学と社会史家や一般史、経済史の扱う分野の違いについて話を進めるために引用している。

先日ニーアル・ファーガソンがケインズの有名な言葉、「長期的に見れば我々は皆死んでいる」について「ケインズはゲイで子どもがいなかったので長期的視野に欠けていたためだ」というような趣旨の発言をして謝罪したという出来事があった。


ファーガソンのこの発言が「前の『ロンドン・タイムズ』の論説委員」のそれと非常に似ていることには驚かされる。ケインズ嫌いでホモ・フォビア的傾向のある連中は長年にわたって、ケインズの性的指向とその経済理論とを結びつけて揶揄嘲笑することを定番の「ジョーク」としてきたのではないかとを疑いたくもなってくる。

まあとにかく近年はケインズの偉さというものを身にしみて感じる機会が多いもので、それだけ一層この手のしょうもないことを言ってる連中のゲスさというものも際立ってくるのであります。


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佐藤太郎(仮)

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