インフレ嫌い

未読だったホブズボームの『帝国の時代』を読んでいたらこんな箇所があった。


「実業界には固有の問題があった。物価の上昇(「インフレ」)は経済的災厄であるという考え方に洗脳されてしまった時代の人たちからすると、一九世紀の実業家が、物価の下落の方をはるかに懸念していたということは信じがたいことだろう」(Ⅰ p.53)


「価格、収益率、利子率の低落に対して、どのような手が打てたのであろうか。一種の逆行的通貨主義が一つの解決法であった。当時の大掛かりな、しかし今では忘れ去られている「複本位」についての論争が示すように、これは多くの人々の関心をそそった。彼らは物価の低落を主に世界的な金の不足の結果であると考えていた。金(金との固定平価を持つ英国貨幣、つまり一ポンド金貨)は、次第に世界の支払い制度の独占的規準となりつつあった。金銀双方に基づいた通貨体制であれば、銀が特にアメリカにおいて、増産により大量に入手されたため、通貨インフレによって、間違いなく物価を上昇させたであろう。通貨インフレは、ロッキー山脈の銀鉱山経営者は言うまでもなく、苦境に立つ西部平原の農民にとりわけ歓迎され、アメリカの人民党運動の主要な綱領の一つとなった。そして、人類は金の十字架の上ではりつけになるとの予言によって、人民の偉大なる指導者、ウィリアム・ジェニングズ・ブライアン(一八六〇-一九二五年)は、自らの雄弁に一層の生気を与えた。ブライアンはまた、彼のもう一つのお気に入りの主張、すなわち、聖書は文字通りの真実であり、したがってチャールズ・ダーウィンの学説を禁止する必要があるという主張をもって、弱者に味方した。これに対して、世界資本主義の中心国の銀行業、巨大企業、および政府は金の固定平価を放棄しようとせず、彼らはブライアンが創世記を信じたように、金の固定平価に信頼を寄せていた。いずれにせよ、メキシコ、中国、インドといった、世界資本主義においては数の中に入らない諸国だけが、主として銀に基礎を置いていたのである」(Ⅰ pp.54-55)。


ホブズボームによると19世紀の実業家は「インフレが経済的災厄」であるという考えに洗脳されておらず、むしろ物価の下落、つまりデフレを懸念していたのである。そればかりか、19世紀末から20世紀初頭には、少なくともアメリカの労働者の一部は物価の下落の原因が金本位制(的政策)にあることを見抜いており、そこから脱出するために複本位制を支持、つまりマイルドなインフレを歓迎してすらいたのである。

ウィリアム・ジェニングズ・ブライアンについては僕は割と同情的なので(『スタッズ・ターケル自伝』にもあったように、スコープス裁判で神懸りな人たちの方に立ったのは社会ダーウィニズムと対決し、経済的社会的弱者のためのあえての選択だったという面もあったのではないだろうか)、ここでのホブズボームのように狂信者扱いしてしまうのは酷なように思うのだが、こういう評価はマルクス主義者としては仕方のないところなのだろうか。

それにしても同情的とか言っておきながらブライアン及びアメリカ人民党が複本位制を唱えていたことは完全に見落としていた。

日本語版のウィキペディアでもブライアン(こちら)とアメリカ人民党(こちら)のこの政策については軽く触れられている。
英語版ではさらに詳しくWilliam Jennings Bryan(こちら)、People's Party (United States)(こちら)のみならず、ブライアンが行った有名なCross of Gold speechについても詳述してある(ごめんなさい、長いのでまだちゃんと読んでません)。


しかしこう考える現在の右も左も過度のインフレ恐怖症(日本のリフレ派の中には左派ばかり批判する人がいるけど、右派のインフレ恐怖症だってたくさんいる)といった現象はいったいいつから生じるようになったのだろうか(これは日本だけではない)。
これに仮説を提示することは簡単で、おそらくは1920年代のドイツでのハイパー・インフレーションからだろう。パン一斤を札束で買うといった写真は日本のみならずおそらく世界各国の教科書で使われていることだろう。それにひきかえデフレの恐怖を表すキャッチーな視覚的イメージというのはどこにもない。昭和恐慌がデフレ不況であったとか、大恐慌から抜け出すためのニューディール政策の中で一番効果があったのは金融政策であった可能性がかなりあるといったあたりはそもそも知識がない人が多いし、そう言われたところであの刷り込みが強烈すぎてそんなこと吹っ飛んでしまうという人が多いのかもしれない。

人間というものは理屈はともかく本能的に物価が上がることには否定的で物価が下がることには肯定的である、としてしまいたくなるのだが、ホブズボームのこの記述を見る限りこれは成り立たないようだ。このあたりの歴史を描いたインフレ嫌いの社会史みたいな研究ってあるのだろうか。


『帝国の時代』は「長い19世紀」三部作の一つであるが、その他の著作でもホブズボームはマイルドなインフレが好景気をもたらすことにしばし触れている。ということはホブズボームが現在の日本で生きていたらリフレ派になっていたかも? なんてことを想像すると妙な気がしなくもないのだが、マル経出身でリフレ派の松尾匡さんもいらっしゃるのだから不思議ではないのかも。
それにしてもホブズボームをリアルタイムで読んでいた左寄りの人たちはインフレについての部分を当時はどう読み、今ではどう考えているのだろうか。


ブライアンの伝記としてはこれかね。さすがに翻訳出るのは厳しいか。





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