『幸福の遺伝子』

リチャード・パワーズ著 『幸福の遺伝子』






読者投稿雑誌の編集部で働くラッセル・ストーンは書けなくなった「元作家」。あるきっかけでシカゴの大学で芸術専攻の学生相手に「創作的ノンフィクション」の授業を担当することになる。学生の中に混乱の続くアルジェリアからカナダへ逃れ、今はこの大学に通って映画監督を目指すタッサがいた。タッサの明るく人懐っこい性格には誰もが好感を抱いてしまう。彼女がいるだけで場が和み、ラッセルがうまくやれるか不安に感じていた授業すら円滑に進むようになる。しかし次第にラッセルに疑念が湧いてくる。あまりに悲惨な経験を重ねてきたはずのタッサがいつも多幸感に包まれているかのようであるのはいささか奇妙なのではないだろうか。これはある種の精神疾患ですらあるのではないか……。


パワーズというと毎度このことを書いてしまうが、イリノイ大学時代は物理学専攻であり、理系から文系まで百科事典的な知識を誇り、それを見事に作品に活かしている。
本作もヒトゲノムが解読され、遺伝子ビジネスすら勃興しつつある時代にふさわしい物語であり、またブログやユーチューブに誰でも文章や映像を手軽に投稿でき、SNS等で自ら進んでプライバシーを売り渡すかのようなことが当たり前となった世界の物語でもある。
しかしこのようなパワーズの経歴や作風の紹介は誤解を招きやすい。この作品を読み終えてまず思ったのは、「パワーズってやっぱり温かい奴なんだよなあ」といことである。最先端の知見をクールに消費するというよりも、むしろ古めかしいとすらいっていいほどのヒューマニズムと物語の力を信じている作家なのだということが再確認できる。

木原善彦氏の「訳者あとがき」によると本作は、「パワーズ作品としてはやや短めで、プロットが明確なために読みやす」く、「パワーズ入門に最適の一冊」という評もあるとのことだ。
確かにこの作品のプロットは複雑に入り組んだバイパスやらジャンクションやらはては地図に載っていない裏道までも駆使するようなめくるめく迷宮世界というよりは、一本の大通りを真っ直ぐに歩んでいくかのような「読みやすさ」を持っている。そしてまた、パワーズの温かさというものもよりストレートに表現されているようにも感じられる。


柴田元幸氏が9人の作家にインタビューした『ナイン・インタビューズ』に2000年9月に行われたパワーズへのインタビューが収録されている(ちなみにこの本は原文対訳にインタビューのCD付きなので英語の勉強にも使えます)。本作を読み終えてこのインタビューを読み返したのだが、まるで『幸福の遺伝子』について語っているかのように思える箇所が多々あった(なお『幸福の遺伝子』の原著は2009年刊行)。それだけパワーズが率直に書いたということにもなるのだろうか。

このインタビューでパワーズは、何かと比較されるピンチョンとの関係について、「今世紀のアメリカ人作家でピンチョン以上にすばらしいと思う人はいない」とし、その影響は認めつつも、「でもまあ、基本的な、小さなものと大きなものとの関係、個人の意識と外部の世界との関係などをめぐる見方は、たしかにかなり違った形で扱われているでしょうね」と語っている。「僕のやっていることは、それに比べるとすこしばかり古風かな、という気がします。古風、というのが当たっているかどうかはわからないけど、とにかく僕の場合、アイロニーを必要としない立脚点を模索しているように思う」(p.151)。

柴田氏はピンチョンとパワーズとの差異について、ここでは『競売ナンバー49の叫び』を例に、ピンチョン作品には「 自分の今いる現実のどこか後ろに、現実の何か別の側面なり次元なりがあって、そこでで自分の知らない何かが起きている、そんな感覚があります。いわば、絶対的な他者の存在を感じる」というパラノイア性があるが、パワーズ作品にあるのは「相互関係」だとしている。「相互関係です。それも、自己と他者との関係と言う片さえ相応しくありません。自己と他者、と言ってしまうと、自己は主体で他者は客体ということになってしまう。(中略)でもあなたの本では、こっちが誰か他人とか、何か物を見るとき、その他人なり物なりもこっちを見返している。だから主体/客体の関係もやはり双方向なんですね」としている。


『幸福の遺伝子』はタッサの持つ遺伝子に特異な傾向があることにより彼女の「感情高揚性気質(スーパーサイミア)」の要因ではないのかと考えられてしまうことから、遺伝子研究者やメディアを巻き込んだ大騒動へと発展する。ここにピンチョン風パラノイアをまぶすことは十分に可能であったのだろうが、パワーズはむしろ「古風」な物語を選ぶ。実はこの作品にはピンチョンの名が登場するが、あくまで夢としてであり、パラノイアとしてではないのである。

またパワーズはこのインタビューで「僕の書く本はだんだん暗くなってきています。それが今後もずっと続くのか、それとも僕個人の人生のなかの何らかの転換のせいで、20代に感じていたようなことがもう感じにくくなっているのか、それとも、そういう探索をやって、その有効性を検証してみた結果としてそうなったのか、自分でもよくわかりません」と語っている。『囚人のジレンマ』でエピグラフとして用いたT・E・ロレンスの「一票がどれだけの違いを生むか? かなり生む、正しい方向に押すものなら」という言葉について、「28歳のころと同じ感慨はもう持っていません」としている(というか28歳であれを書いているのかよ!)。しかし、「でも、さっきちょっと触れたような、小さなものと大きなものとの連続性が、完全に切れてしまっているとも思わない」ともしている。
「どこかの次元で、人生一つひとつが、世界に大きな違いを生んでいるのだと、今でも信じています」というのはまさに『幸福の遺伝子』のテーマの一つであるともいえよう。「個人の生が持ちうる意味について、僕は前より悲観的か? ノー。個人の行動の結果として、世界の状況が変わる可能性について、前より悲観的か? イエス。個人が違いを生みうるという可能性について、シニカルになったか? ノー。なっていないと思う。今でもその可能性は信じています」(p.161)。
この作品が発表される約10年前には、すでに物語の種がパワーズの中に宿っていたことをうかがわせる発言である。

柴田氏は「非常な博識、緻密な論理性など、「頭のよさ」を強調されがちなパワーズだが、もちろん頭はよいのは確かであれ、その心の温かさも同時に強調されるべきだと思う」と書いている。
『幸福の遺伝子』は基本的には三人称で書かれているが、時折「私」が登場する。つまりこの物語を作中のある人物が書いているという設定の入れ子構造になっている。「私」の正体は明示されないものの、多くの読者はあの人物しかいないと結論づけられるであろう。一見するとこのような構造は知的遊戯、つまり「頭のよさ」によるものと思われるかもしれないが、むしろこの書き手がなぜこの物語を紡いだのかということを考えると、それはむしろ「温かさ」によるものだということがわかる。

僕はジョン・アーヴィングの「ピギー・スニードを救う話」(これはエッセイなの? それとも短編小説? といったあたりも『幸福の遺伝子』のある出来事を思い浮かべなくもない)が非常に好きで、この手の話に弱いのであるが、『幸福の遺伝子』の書き手の物語を書かねばならないという決意は、アーヴィングが小説家になろうとしたのと同じだともいえよう。
「書き手」は一連の出来事からこう学ぶのである。「もしもある美徳を持ち合わせなければ、それを持っているふりをしろ。少しの創意を加えて事実を扱うこと。生きるために必要なら、嘘をつくべし」。




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佐藤太郎(仮)

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