『天使エスメラルダ』

ドン・デリーロ著 『天使エスメラルダ  9つの物語』





個人的な話から始めると、僕はデリーロがどうも読めない。つまらないと思うわけではないし、嫌いなわけでもないのだが、どうにも読めないのである。デリーロが現代アメリカ文学において最重要作家の一人であることには異議はないし、デリーロにはまる人が多いというのも納得なのではあるが、こればっかりは相性が悪いとしかいいようがない。
日本では研究者筋においては、もしかすると一、二を争うほどの人気かもしれないが一般受けはしているとはいえないだろう。ただ都甲幸治氏の「訳者あとがき」によると、「実はアメリカ合衆国でも状況は似通っている」ようだ。

確かにデリーロ作品は大部にしてそのプロットは複雑なものが多く、気軽に読み飛ばすことはできない。そんな読者にも「いい入門書になるだろう」、というのが、デリーロの1979年から2011年にかけて書かれた短編を集めたものである本書だ。

本書全体についてはやはり都甲氏がまとめているのでそれを引用しよう。
「『天使エスメラルダ』には、デリーロの研ぎ澄まされた文章、時に放り込まれる笑い、テロリズムや資本主義に関する鋭い考察、バーチャル化した世界と身体の関係、信仰なき時代における霊性の希求など、デリーロの作品を読むことで得られる深い喜びが、圧縮された形で詰め込まれている」。


表題作の「天使エスメラルダ」にはこんな会話の場面がある。
「夜のニュースですよ。児童の殺人事件を臆面も無く食い物にしてるんです」/「でも、誰が食い物にしてるの? 誰も食い物になんかしていないわ」エドガーは言った。「みんなあそこに涙を流しに行くのよ、信じるために」/「だからこそすごいニュースになって、テレビも新聞も必要なくなるんです。人々の知覚のなかに巣食うんですよ。現実に、偽の現実になってしまって、人々は自分が作り出したものを見ているだけなのに、本物を見ていると思い込んでしまう。メディアのいらないニュースなんです」(pp.130-131)。

ここなどいかにもデリーロという会話ではないだろうか。
このように、執筆時期は多年に及ぶものの、それぞれがデリーロが一貫して抱き続けているテーマを扱っており、とりあえずデリーロ的世界に触れてみたいという人にはまさにうってつけの「入門書」であろう。

個人的には「ランナー」という作品が一番読みやすくもあり、またこの短編の象徴的なものになっているのではないかと思った。
ジョギング中の若い男が子どもが連れ去られる事件に遭遇する。目撃者だという女性があれは親子間のトラブルだと主張するので、男はそれを受け入れようとするのだが実は……、というお話。
今見ている世界は本物なのか、何を根拠にこれを本物だと信じているのか、我々の思考は容易く操作されてしまうのではいか、日常と非日常を分けるものはなんなのか、これらが複雑なプロットとしてではなく、わずか10ページほどで簡潔にデリ-ロ的世界を描き出している。


「ランナー」の訳は柴田元幸氏なのだが、どこで読んだのか失念してしまったもので記憶に頼るので間違っていたら申し訳ないが、柴田氏は、自分より若い優秀なアメリカ文学研究者はみんなデリーロにはまっているというようなことを言っていたと思う(都甲氏はまさにその中の一人)。まだデリーロを読んだことのない人でも、本書を手に取ればこの発言に納得がいくのではないかと思う。と、思うのだけれど、正直に言うとやっぱり個人的には「はまる」というほどにはならなかったのですよね。同時にデリーロについて書かれた文章を読むとやっぱりもう一度きちんと読み返さなくてはという気になってくるのですが。代表作といっていいであろう『ホワイト・ノイズ』はそのうちに読み返そうとは思ってはいるので、都甲氏による新訳を首を長くして待ちたいと思います。

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佐藤太郎(仮)

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