『ユング伝記のフィクションと真相』

ソヌ・シャムダサーニ著 『ユング伝記のフィクションと真相』





まず第1章で取り上げられるは、ユングの伝記を書くうえで最重要資料として参照される『ユング自伝――思い出・夢・思想』である。
そもそもユングは「嘘を作り出す」自伝というジャンルそのものに否定的であった。ユングはある手紙でこう書いている。「私は常に自伝というものを疑ってきました。なぜなら人は決して真実を語れないからです。人が正直であるとか、あるいは人が正直だと信じている限り、それは幻想か、もしくは悪趣味です」。

老年を迎えたユングのもとには自伝執筆、あるいは「公認」の伝記のために協力してほしいという依頼が数多く寄せられていた。ユングは何度か伝記のための取材に応じたりもしたが、この作業は最後まで続かず頓挫する。結局ユングは秘書であるヤッフェのインタビューに答え、ヤッフェがそれをまとめるという形で落ち着くことになる。ユングはこの本はあくまでヤッフェの著作であり、自分はそれに「寄稿」したのだと考えていたようだしかしユングの死後に出版されることになるこの本は、出版社にとっては「無名」であるヤッフェの著作であるとするよりユングの「自伝」としたほうが売れ行きは圧倒的に期待できる、そのような思惑が働くことになる。
また完成した「自伝」であるこの本には様々な「編集」が介在することになり、その結果として読者の関心を集めるであろうフロイトとの関係をより目立つようにするなど、ユングの生涯をミスリードするような部分も多々残ることになる。

第2章ではユングの全集が検討される。生前のユングにも多少の問題はあったのだが、さらに後の編集委員たちの方針には杜撰なところがあり、また文献学的にも問題のある編集がなされたために、その出来はお世辞にも誉められたものではないのだという。

そして第3、4章では数多くのユングの伝記を俎上に乗せ、ばっさばっさと切り捨てていく。
結論を言えば、決定版と言い切れるような伝記は未だ書かれていない。資料調査が足りなかったり、恣意的な読解、あるいは検証不能な「匿名」の証言者への依存、そして根拠のない著者の思い込みによる断言などが多くの伝記に見受けられるのだという。

そして「思い出・夢・削除」という論文も収録されていて、ここではクローネンバーグ監督の『危険なメソッド』の原作であるジョン・カーの著作も俎上に乗せている。この本では「ユングに最も重要な知的かつ感情的な影響を与えたのはフロイトとシュピールラインだったということが、重要な論点」になっている。
カーはユングの著作で「アニマ」が始めて言及されるのは1920年の『心理学的タイプ』としているのだが、全集の編集者たちは以前から1916年の「無意識の構造」で「アニマ」が扱われていることを指摘しているという。そしてついでのようにさらっと『心理学的タイプ』の出版年は実際にはカーのいう1920年ではなく1921年であることが付け加えられているが、これはカーの「杜撰」さを示すための嫌味だろう。またカーがザビーナ・シュピールラインだと断定している女性も、資料を丹念にあたれば別の女性であることがわかるとしている。


まず、僕はユングについて一次資料を調べることは語学力を含め能力的に無理なもので、著者の指摘がどこまで妥当なものなのかということが判断できない。また妥当な指摘であったとしても、あまりにもばさっといくもので、つい禁句である「それなら決定版の伝記はあなたが書いてみたら」という気になってしまうところもある。おそらく切り捨てられた著者たちもいろいろと反論はあることだろうとは思う。

とはいえ、やはり伝記に数多くの問題が含まれていることは否定できないのであろう。この混乱を招いたのは何よりもユングの「自伝」であり、また全集の不備もそれに輪をかけているようだ。一般論としても「自伝」を資料として使うことには慎重であるべきなのは当然なのだが、それにしてもユングの全集がこのようなものだというのは意外であった。
これだけの知名度と人気を誇る人で、「決定版」といえる伝記がないというのも不思議なものだが、ユングという人を考えると、それもまたユングらしいということなのかもしれないとも思ってしまった。


シャムダサーニはユングの『赤の書』の編者でもありますね。





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佐藤太郎(仮)

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