『秘密のシンメトリー』

アルド・カロテヌート著 『秘密のシンメトリー』






ユング派の精神分析医カロテヌートは1977年、ある連絡を受ける。かつてジュネーヴ大学の心理学研究所があった建物の地下から文書が発見されたのであった。その文書はユングとフロイト、そしてザビーナ・シュピールラインに関係があるようだった。カロテヌートはかねてからシュピールラインの存在に注目していたが、それは「『自伝』から得た直感にのみもとづくもの」だった。しかしシュピールラインがソ連へ帰国するにあたり残していったこの文書によってカロテヌートは、「私はとうとう自分の推測が十分に根拠のあるものだったという証明をえた」と確信する。

本書はその発見された文書である「シュピールラインの日記」、「シュピールラインのユングへの手紙」、「シュピールラインのフロイトへの手紙」、「フロイトのシュピールラインへの手紙」に加えカロテヌートによるこれらの成果を得ての「秘密のシンメトリー」、さらに邦訳には付録としてシュピールラインの論文、そして英語版に付された「ベッテルハイムのコメント」も収録されている。

「日記」からはシュピールラインが不倫相手となったユングの子を身篭ることを妄想したり、また自殺願望にかられたりといった生々しい感情が綴られている。それに対してユングのシュピールラインに対する仕打ちはまったくもってひどいものであった。
シュピールラインは分析医としてはフロイト側につくことになるのだが、それでも「理論」としては袂を分ったフロイトとユングの間に立とうとする。カロテヌートも問題にしているように、フロイトとユングの対立が感情に根ざすものなのか理論的相違ゆえに引き起こされたのかは議論になるところであるが、シュピールラインはこれを感情に基づくものとして、両者は架橋可能だと考えてフロイトとユングの関係の修復を暗に期待する。しかしシュピールラインがユングとかつて不倫関係にあり、最初にフロイトへ宛てた手紙がこの不倫関係についての相談であったことを思えば、このシュピールラインの発想はなんとも興味深いものでもある。

それにしても患者と深い関係になり、その患者が自分のお師匠様に相談の手紙を送っていたことを知ったユングの心境はいかなるものであったのだろうか、というのは誰しもが興味を抱くところであろう。
文書を発見(正確な意味ではそうではないかもしれないが、この文書の真の価値はかねてからシュピールラインに注目していたカロテヌートでなければ見抜けなかったかもしれない)したカロテヌートの功績は誰しもが認めるところであろう。しかしカロテヌートによる「秘密のシンメトリー」についてはかなりの留保がいる代物であることは、「ベッテルハイムのコメント」にて厳しく指摘されている。

この「ベッテルハイムのコメント」は『フロイトのウィーン』にも収録されており、感想はこちらにすでに書いていて重複するがまた触れておこう。
カロテヌートのこの論文の問題は何よりも、フロイト、ユング、シュピールラインの三角関係を「非対称」に捉えていることである。当然ながらユングの反応について知りたくなるのだが、手紙はユングの相続人に拒否されたので掲載されていない。しかしユングの相続人は拒否という選択を行使することができたが、シュピールラインはどうであったのだろうか。ザビーナ・シュピールラインの伝記的事実は、とりわけソ連帰国後については当時不明な点も多かったものの、すでに亡くなっていることは確認できていた。これについてはユングも事情は同じはずだが、カロテヌートは手紙の掲載の許可を得るためにシュピールラインの遺族を探し出す努力をしたのかについてベッテルハイムは疑問を呈している。一般論としても医師よりも患者のプライヴァシーの方が当然優先されるべきだが、この点でもカロテヌートの誠実さには偏りがある。

何よりもそれが表れているのが、カロテヌートはユングを「カール」と呼ぶことはないにもかかわらず、シュピールラインについては「ザビーナ」という表記をしばし用いていることである。

カロテヌートはユング派であり、無意識にかユングを神聖化しようとしている節がある。ユングとシュピールラインが肉体関係にあったことは明らかなように思えるが、カロテヌートは何とかユングを救い出そうとしている。しかし、にもかかわらず「注」のある記述によって図らずもカロテヌートはユングとシュピールラインが肉体関係にあったことを認めてしまっているのである。このあたりのベッテルハイムの読解はまさに精神分析的読解の典型例にして醍醐味でもある。

「ユングとザビーナ」という視線で二人の関係を見てしまうのは余程注意しない限り多くの人がやってしまうことであろうし(もちろん僕自身も含めて)、また当時はシュピールラインについての情報が非常に限られていたことを思えばカロテヌートについては同情してしまうところもある。もちろんベッテルハイムもカロテヌートの功績を全否定しているのではない。

いずれにせよ、シュピールラインの日記や手紙という「生の声」に触れたい人にとっては依然として参照するべき本であることは間違いないだろう。



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佐藤太郎(仮)

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