『危険なメソッド』

『危険なメソッド』




この作品をジャンル分けするなら伝記映画ということになるだろう。
そう考えると、キーナ・ナイトレイの熱演(怪演?)といった見所はあるものの、その他は山場の少ない比較的淡々としたものに見えてしまうかもしれない。

もっと「劇的」にしようと思えばいくらでも方法はあったことだろう。
例えば作中では結構さらっと流されてしまうのだが、娘とユングとの関係を知ったザビーナの母親が直接ユングを問いただすというのは実際に起こったことである。ザビーナの母は匿名の手紙によって二人の関係を知ったとされている。その「匿名」の垂れ込み屋の正体は、おそらくはユングの妻であっただろうと考えられている。つまりユングの妻は夫の不貞を知り(ちょっと後をつければ簡単に発見できたであろう)、それを愛人の親に知らせ、その親が乗り込んできたのである。ユングならずとも金玉が縮み上がるような場面であり、阿鼻叫喚の地獄絵図にすることもできたのであるが、ここはあまり掘り下げられてはいない。

『危険なメソッド』の原作はジョン・カーのノンフィクション A Most Dangerous Methodと映画の脚本も担当したクリストファー・ハンプトンの戯曲The Talking Cureであるが、どちらも未読未見なものでどのようなものだかわからないのだが、少なくとも映画では基本的には史実から大きく踏み外すことはないものの、重大な省略が行われている。
その一つがザビーナの家族を直接には登場させないことである。ザビーナの「ヒステリー」の原因が家族(とりわけ父)との関係にあることを思えばかなり思い切ったことである(上記の場面でもザビーナの母は直接には現れない)。これは映画という制約の多い表現手段のため、時間等のせいであったのかもしれないが、むしろここに「精神分析的症候」を見いだすこともできるかもしれない。つまり語られていないことにこそ意味があるということだ。

フロイトはユングを「精神分析の皇太子」と考えていた。これはユングの能力を評価してのことでもあるが、自身も含め当時精神分析家はほとんどがユダヤ人であり、精神分析がユダヤ人のものであるとされてしまうことへの危機感のせいであったともされている。非ユダヤ人であるユングのような人材をぜひともトップに迎えたかったのであった。
作中ではフロイトははっきりとそのことに触れ、またユングと袂を分った後は「アーリア人」への警戒感を示す。しかしユングの側がこの「ユダヤ人問題」についてどう考えていたのかははっきりとは示されない。

ユダヤ人であるザビーナは精神分析家としてはフロイト側に立つが、一方でかつての愛人ユングへの思いも断ち切りがたく、なんとか二人の間の架橋を試みる。
表面的にはテレパシーなどの超心理学にも関心を寄せるユングが「攻め」の姿勢であり、フロイトが「守り」に入っているようにも映る。二人の関係であまりに有名な、フロイトが自分の権威を危険にさらすからといって自身の夢について語るのを拒否したり、ユングの前での失神事件なども描かれており、若きユングを前にフロイトの優位が揺らいでいるようにも映る。しかしこれもまた作中でははっきりとは描かれないものの、あくまで精神分析の基本に「性」の問題を据え続けようとしたフロイトに対し、ユングは広く受け入れられるためにもそこにばかり固執すべきではないという考えでもあった。実際には所によってはユングの方が「守り」に入った部分も多かったのである。

ではそのあたりが描かれていないからといってこの作品がユング寄りの視点であるのかといえば、またそうとも言い切れないだろう。裕福な妻を娶ったユングは経済的には安楽な生活を送り、ザビーナとの一件の後も愛人をこさえている。フロイトに比べるとあらゆる点で恵まれているようだが、最後はまるで疲れきった老人のようにさえ映っている。

そしてフロイトが晩年にナチスによってウィーンを追われ、ザビーナが帰国したソ連で侵攻してきたナチスによって処刑されたことが字幕で説明される。
ユングが親ナチであったのかどうかは今でも意見が分かれるところだ。しかし少なくとも積極的な抵抗を行うことはなく、それどころか消極的な協力までしたことは否定できないであろう。
豪邸を背後に疲労の色の濃いユングの姿は、この物語には「語られていないこと」がまだまだたくさんあることを語っているのである。

フロイトとユングの関係(のもつれ)はあまりに精神分析的である(「親殺し」や「否認」など精神分析のキーワードをいくらでも費やすことができる)。これに象徴されるように精神分析に関わる人々の振る舞いは極めて精神分析的となってしまう(ザビーナの「記憶」は絵に描いたようにあまりに精神分析的である)。
監督のクローネンバーグや脚本のハンプトンがどこまで意識をしていたのかは知らないが、それが映画であろうとも、精神分析について語るとき、人は決して精神分析から逃れることはできないのである。


ザビーナ・シュピールラインの伝記『ザビーナ・シュピールラインの悲劇』の感想はこちら
ユング、シュピールライン、フロイトの三角関係を「発掘」した『秘密のシンメトリー』の感想はこちら



プロフィール

佐藤太郎(仮)

Author:佐藤太郎(仮)
shopliftersunionあっとhotmail.co.jp

最新記事
月別アーカイブ
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
カテゴリ
twitter
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR