エリーザベト・ニーチェ

ベン・マッキンタイアー著『エリーザベト・ニーチェ―ニーチェをナチスに売り渡した女』

絶版なようで古本か図書館でもあたってください。




前に書いた『ニーチェの妹』評はこちら

邦題はややミスリードか。原題はForggotten Fatherland

まずは著者の言葉を引用してみよう。

私が何よりも興味をおぼえたのは、まだ誰も書いたことがない新ゲルマーニアの物語だった。これは一世紀以上も前に、エリーザベトの助力によって南アメリカ中央部に築かれた、人種差別主義者の移住地である。その共同体は、エリーザベトが夫のベルンハルト・フェルスターと分かちもっていた反ユダヤ主義、菜食主義、民族主義、ルター主義などの信念を反映し、実現していた。エリザーベトの夫は当時もっとも悪名高い反ユダヤ主義の扇動家だったのである。のちにエリーザベトはこうした考えを、反・反ユダヤ主義者で反国粋主義者で、みずからアンチ・クリストを宣言していたニーチェにも植えつけようとした。その成果のほどはいまだにニーチェの名からファシズムの汚名が完全に払拭しきれていないという事実をみれば、明らかである。(p.10)

著者はパラグアイに実際に渡り、新ゲルマーニアに残った人々の子孫に取材する。
なんとなく『地獄の黙示録』完全版のフランス人殖民一家の残りを
思い起こしたが、新ゲルマーニアの現状(1991年)は
打ち捨てられた土地に打ち捨てられたような人々が住んでいた。
前半はあたかも偏狭冒険記のようでもあった。

兄の発狂、夫の自殺を受けてエリーザベトはドイツへと戻り、
兄の独占のみならず、著作の改竄にまで手を染める。
手紙の捏造や、今際の際に自分の名を呼んだなどと主張するなどまだかわいいもの
(ちなみにニーチェは晩年は自分が誰なのかすらわかっていなかった)
ついには存在しない「著書」を作り上げる。

これはニーチェの最高傑作で、最後の昏倒の前に書かれた大いなる《すべての価値の価値転換》だとされているものだ。たしかにニーチェはそのような著作の構想をもっていたが、おそらく断念していた。出版する用意はなく、したがって出版を望んではいなかったのだ。それが完成しているのを見たら、きっと驚いただろう。単純な事実は、ニーチェは『権力への意思』という題名の本はかかなかったということだ。書いたのはエリザーベトである。(p.238)

遺稿などの過剰編集が問題になるケースは少なくないが、
エリーザベトは明らかに兄の思想とは反する自分の信念を反映する著作を
作り上げた。極めて恣意的な操作が行われたにもかかわらず
『力への意思』(こちらの方が邦題としてはよく知られている)は
ニーチェの「主著」とされ、ナチに利用されるという不幸な道を辿ることになる。

歴史にifはないとはよく言うものの、エリーザベトの存在がなければ
ニーチェはどのように受容されたのだろうか。
彼女はニーチェの普及に(歪んだものとはいえ)莫大なエネルギーを
注いだことは間違いない。
彼女の存在がなければ無名のまま忘れさられていた可能性もゼロではなかったろう。

そしてナチス政権崩壊後、少なからぬナチの残党が南米へ逃げたが、
新ゲルマーニアもその受け入れ先の一つとなったのであった。


そういえば少し面白かったのは新ゲルマーニアにおいて菜食主義も
重要な要素になっていたこと。
エリーザベトも熱烈な菜食主義の信奉者で、肉を食べるパラグアイ人を
嫌悪していた。(p.101)
しばし「禁煙ファシズム」などと言う人がヒトラーやナチの
健康へのファナティカルな意思と禁煙運動を比較するが、
ここらへんもエリーザベトの新ナチ感情につながっていたのだろう。

脱線ですが、ちなみに僕はタバコの煙を生理的に受け付けないので
禁煙は大いに賛成。どうも愛煙家なる人たちは肉体的にタバコを
受け付けない人がいるということに想像力が働かないケースが多いようで。
こういう人は、もし不快な煙(しかも健康に害がある)を吹きかけられても
文句を言わないのでしょうか。
ヒトラーがタバコを嫌ってたから禁煙運動はファシズムだとかどうもね。
もちろん首をかしげるような主張は嫌煙、愛煙双方にあるんですが。
自分の部屋でなどは好き勝手に吸ってくださいってことで。
ただ寝タバコはなしでね。

これもまあ面白かったかなぁ。






プロフィール

佐藤太郎(仮)

Author:佐藤太郎(仮)
shopliftersunionあっとhotmail.co.jp

最新記事
月別アーカイブ
カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
カテゴリ
twitter
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR