『失踪者たちの画家』

ポール・ラファージ著 『失踪者たちの画家』




中盤までの展開はカフカの『城』、『審判』などを連想せずにはいられないだろう。
抽象化された町、何かが起こっているにも関わらず目をそらしているかのような住人たち、数々の行方不明者、機能不全に陥っているのか陰謀を抱いているのか不明瞭な警察。そして逮捕、裁判。

しかし中盤以降は超現実的な「カフカ的」世界からすらも逸脱を始める。この感覚に一番近いもの、それは夢であろう。「悪夢的」という比喩的な意味での夢ではなく、文字通りに眠っている時に見るあの夢である。


「序」はこう書き出される。「思い描いてほしい、死んだ男がある都市に着くところを」。
死者が都市に魅了され、迎えの使いもつっぱね留まり続ける。しかし六年もたつと、死者は無力感にかられる。「もう連れて帰ってくれていいよ、と男は言う。何しろここに六年いるのに、まだ何にも見ていないんだから」。男が死者の国に帰ると都市の話をせがまれる。「死んだ男はこう応えるだけだ――それはね、自分の目で見るしかないよ。こうして、死者たちは一人、また一人と、都市を見にいく」。
あの町は死者の国なのであろうか、それとも死者たちが目撃したものなのであろうか。これらは中吊りにされているというより、メビウスの環のごとく、表と思えば裏、裏と思えば表であるかのようだ。「序」の夢幻的感覚はどこか『千夜一夜物語』を思わせるのだが、ラファージはこれを意識しているであろうことが最後に示される。語り手も聞き手も判然としない『千夜一夜物語』は、まさに夢の世界である。

このようにいくつかの文学的暗喩が散りばめられているのだが、とりわけ中盤以降で近い感覚ものとしては、同じ柴田元幸訳の中で考えるとバリー・ユアグローの作品かもしれない(ユアグローの場合より直接的に「夢」的であるが)。ラファージはショートショートといってもいいようないくつもの短編を長編へとふくらましていった、そんなことを思いたくなるような展開であるが、しかしこれは長編小説として破綻しているということではない。この作品を長編小説に踏みとどまらせているもの、それはロマンティックかつセンチメンタルな感情であろう。

町にやって来たフランクは絵を描き始めるが、一緒だった友人のジェームズに金を持ち逃げされてしまう。孤独に陥ったものの、死体写真を撮るという警察の仕事をしているプルーデンスと知り合い恋に落ちる。しかしプルーデンスは忽然と姿を消してしまう。なんとか探しだそうとフランクはプルーデンスの肖像を描いたポスターを貼りめぐらす。この町には多数の行方不明者がいた。彼らを探している人々は、フランクに行方不明者の肖像を描いてくれるよう求めてくるようになる。フランクは死者をうまく描くことはできないのだが、行方不明者はうまく描くことができる。これは現実を見ることができるということなのか、現実から遊離してしまっているということなのだろうか。フランクのプルーデンスを思う切実さがつのると同時に、プルーデンスの真の姿とはいかなるものであろうかという疑問も湧いてくる。この二重写しこそが物語を散逸させることのない重力となっている。


本作はラファージのデビュー作であるが、「訳者あとがき」で紹介されているその後の作品のあらすじを見ると、ラファージが訳したという設定の作品があるなどメタフィクションへの指向が強いようである。またラファージの姿は「いかにも」な感がしなくもなく、変人であるというよりは変人を装っているタイプのようにも思えてしまう。このあたりは危ういといえばそうで、この作品もそのような危うさを孕んではいるものの、それでもあざとさには流されすぎず微妙なバランスをうまく保っているように思える。

おそらく非常に知的な作家であるところは「きわめてフェアで堅実」な書評(「訳者あとがき」より)を書くところからもうかがえる(村上春樹の『海辺のカフカ』の書評はこちら、ピンチョンの『LAヴァイス』の書評はこちら)。ラファージは1970年代生まれだが、このような知的さを本作のような形で表現するというのはこの世代ならではという気もしなくもない。

あとPaul LaFargeというとマルクスの娘婿にして『怠ける権利』の著者でもあるポール・ラファルグ(Paul Lafargue)を連想してしまうのだが、これは本名なのかな。ラファージは19世紀フランスを舞台にした虚実混じった作品があるそうだが、ラファルグが登場するような小説を書くこともあったりして。
そのフランスを舞台にしたHaussmann, or the Distinction は紹介されているあらすじだけでもかなり面白そう。『ニューヨーク・タイムズ』年間最優秀作にも選ばれているとのことで、こちらの邦訳も期待したいところである。




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佐藤太郎(仮)

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