オーウェルと宮崎駿

レイモンド・ウィリアムズの『田舎と都会』を読んでいたら次のような箇所があって、うまく切れなかったもので長く引用してみる。


「ハクスリーの『すばらしき新世界』(一九三一)とオーウェルの『一九八四年』(一九四九)はいまでもしばしばウェルズ的反応を強制する不可欠なものとみられている。いやそれだけではない。モリスの反応、さらに積極的な社会変革の運動すべてを「矯正」するものでもある。ハクスリーは、ウェルズ的方法(科学的飼育、生産と輸送手段の改良、麻薬、科学的社会秩序)によってモリス的安楽の状態に達した世界を描いている。彼はこの世界の空虚さを究明し、これを原始的ヴィジョンと対比する。このヴィジョンは素朴な農村的生命力の現代版で、いまや無垢ではなく野蛮な生命力、血のリズムである。ここにはロレンスがなにほどか影響している。オーウェルのこのヴィジョンを、イングソックにおいて頂点に達した社会主義運動を描くことによってこなごなに打ちくだく。そこには嘘、拷問、思想警察の全体主義的システムがあり、このシステムが確立されている都市は、汚い、半壊状態の、不断の戦争に巻き込まれている都市である。二十世紀においては、こうした反応を生み出す理由はいろいろあるが、しかし大事なことは、モリスやウェルズが力をこめて反応した支配的な危機が、かなり見落とされていることである。変革の運動を誘発した状況よりはむしろ、変革運動そのものに批判的関心の中心がおかれるようになったのである。そして、しばしば正当と認められうるある批判に納得してしまうと、危機それ自体はとかく二次的なものに見えてくるものである。オーウェルは、偶然とはいえ、多くの点でギシングと同じ道をたどり、都市の汚濁を丹念に探索した。そういう都市にたいして彼もギシンク同様、不安と嫌悪の入りまじった気持ちをもったけれど、最後はギシンクよりも繊細で人間らしい思いやりにみちた目で眺めた。そこから生まれたのが革命都市バルセロナ賛美において頂点に達するひとつの決断であった。社会主義の発展に深く幻滅を感じた彼は、後期の、たとえば『空気をもとめて』(一九三九)のような作品では、田舎のヴィジョン、昔の、汚染されていない田舎のヴィジョンに回帰した。それは人間的隠栖と安息の場としての、無垢の棲み家としての田舎で、いまや新しい文明――資本主義的であろうと社会主義的であろうとどちらでもよい――によって侵略と破壊を加えられつつある、というのである。『一九八四年』に描かれている、みすぼらしく、むきだしで孤独な都市のイメージは、集団的理念の誤用の結果なのである」。 (pp.365-366)


1970年代後半から80年代にかけて、政治運動では「赤から緑へ」という流れがあった。ラディカルな左翼運動に挫折した人々がエコロジー的立場から政治にアプローチするようになったのである。ドイツなどでは緑の党に代表されるように国政レベルで大きな影響力を有するようになった例もあるが、日本ように地域ではともかく国政レベルではほぼ影響力がないようなケースもある。元全共闘の人などが「田舎で有機農法で野菜作りを始めました」というのは結構あるのではないだろうか。こういったのをあくまで「抵抗」を貫いていると見るか、単なる自己満足の逃避にすぎないと見るかは人それぞれだろうが。

オーウェルは体系的にしっかり読んでいたわけではなかったもので、ウィリアムズが触れているような、「都会」の「汚濁」を嫌い、「田舎」にこそ抵抗(あるいは被害)の場を見いだしていくという立場にオーウェルもいたのではないかという視点は持っていなかった。
宮崎駿の80年代の作品は時代的にまさに「赤から緑へ」を体現しているかのようであるが、『ナウシカ』から『トトロ』への流れはむしろオーウェル的変遷だったのかもしれないという気もする。

映画版『ナウシカ』には「汚い、半壊状態の、不断の戦争に巻き込まれている都市」は直接には登場しないが、誰もがそのようなイメージを意識せざるをえないだろう。「昔の、汚染されていない田舎のヴィジョンに回帰」し、「人間的隠栖と安息の場としての、無垢の棲み家としての田舎」とはまさに『トトロ』の世界である。
宮崎の場合「都市」に「嘘、拷問、思想警察の全体主義的システム」を見いだしているというよりはもう少しアンビヴァレントなものであろうが、これはスペイン内戦での経験をもって明確に反共になったオーウェルとは違い、宮崎にはここで一線を引いたという瞬間がないせいなのかもしれない。

宮崎は東映で労組活動に熱をいれたという過去やその他日頃の発言から「左翼」であるとされることが多いが、一方で左翼の側から宮崎(作品)は左翼的などではないという反応もある。確かに『トトロ』に左翼性を見いだそうとするのは結構な力技を用いる必要があるだろう。

「都市」の「汚濁」に「全体主義」の影を感じるかはともかく、「資本主義的であろうと社会主義的であろうとどちらでもよい」、「新しい文明」によって「無垢」な「田舎」が危機に瀕しているという感覚は少なからぬ人がもっているであろうが、このような発想は一見するとイデオロギー全般を批判しているように見えつつも極めてイデオロギー的であるとすることもできる。「変革の運動を誘発した状況よりはむしろ、変革運動そのものに批判的関心の中心がおかれるようになった」状況というのは、「確かに世の中にはひどいこともあるのかもしれないけど、それに抵抗しようとしてる連中だって誉められたものじゃないんじゃないの」というような「どっちもどっち」という形での現状肯定、現状維持となりかねない。左翼であるウィリアムズにとっては「集団的理念の誤用」である『 一九八四年』には批判的になるのは当然のことであろう。


政治的文脈において宮崎駿やその作品をどう評価するかというのは、そもそもその必要の是非を含めていろいろな立場があろうが、オーウェルとの比較で語られていることはあるのだろうか……なんてことを思ってしまったのだが、検索してみたら宮崎自身がこちらでオーウェル原作の『動物農場』のアニメ映画について語っているではありませんか。そういえば前に読んだような記憶がなきにしもあらずだったのだが、改めて読み直してみた。


宮崎はここで「だけど、搾取とか収奪というのは、なにも共産主義だけにあるんじゃなくて、資本主義はまさにそういう「しくみ」です。ぼくは会社というのは、誰よりもそこで生活しながら仕事している人間たちの共有の財産だと思っています。でも、それは社会主義的な考え方なんですね」と語っており、おそらくは主観的には自分を依然として「左翼」(少なくとも左寄り)だと考えているのだろう。

オーウェルは『動物農場』を明確に反スターリニズム、反共という立場から書いている。宮崎は「ぼくが映画化するとしたら、もっとナポレオンを複雑に描くと思います」と語っていることからすると(「ナポレオン」はスターリンを揶揄したキャラクターである)、オーウェルの反共姿勢はいささか素朴にすぎると思っているのかもしれない。この後でスペイン内戦とその内幕を知った結果としてオーウェルをはじめとするヨーロッパの社会主義への絶望についても触れているが、このあたりはもう一つ中途半端な姿勢のようにも見えてしまう。
宮崎はウィリアムズが批判的に捉えたオーウェルのようには自分はなっていないつもりなのかもしれないが、実は相当に接近していることをどれだけ意識できているのだろうか。あるいはむしろ、そのあたりを意識しているからこその「中途半端」さなのかもしれないが。

さらに映画『動物農場』にCIAが資金提供していたことについて、「CIAがかかわっていたかどうかなんて、ぼくにとっては、どうでもいいことです。ハラス&バチュラーは、誰のお金でもいいからつくりたかったんですよ。だと思います。蛇口はなんでもいい。出てきた水を使って、つくれるものならつくる。そういうふうになる可能性は、ぼくも十分にもっていますから」としているが、このあたりはもろに『風立ちぬ』の予告のようにも読めてしまう。

宮崎は「「動物農場」がすばらしい作品か、傑作かといわれたら、そこまでの作品ではないと思う。つまり、ぼくがいったような人間の複雑さを描くことにおいて、不徹底だと思うんです。不徹底ではあるけれど、見ておいても悪くはない映画です」と語っているのだが、これは僕が『風立ちぬ』を見た感想でもある。個人的には『風立ちぬ』という作品は開き直ったり吹っ切れたものではなくて、むしろ「不徹底」な作品なのだと感じている。

「長編アニメーションをつくるということは、あの時代、どれほどの覚悟が必要だったか。CIAの資金だけで判断しちゃいけない。そしたら軍閥政治の日本に生きて、そこでごはんを食べていた人たちはみんな薄汚れていたのか、というのと同じです。最初にもいったように、ハラス&バチュラーにとって、この映画をつくることは切実な問題だったんだと思います。CIAの金をうまく使って、結果的に、自分たちのつくりたいものをちゃんとつくったということだと思いますね」って、ここも『風立ちぬ』を連想させる。

このインタビューは2008年(?)のもののようだけど、宮崎や『風立ちぬ』について考えるうえで結構面白いものがつまっているのかもしれない。

まあとにかく、ジョージ・オーウェルと宮崎駿についてはいろいろと考えてみるべきなのかな。




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佐藤太郎(仮)

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