『恋しくて』

村上春樹編訳 『恋しくて  Ten Selected Love Stories』





九つの翻訳短編に編訳者である村上春樹の書き下ろしを一つを加えた恋愛小説のアンソロジー。このフォーマットとしては『バースデー・ストーリーズ』に続くものになっている。
近年の村上春樹の翻訳の傾向を見ると、はたして若い作家の小説を新しく発掘しようとしているのだろうかという若干の疑念(というと大げさであるが)を抱かないこともなかったのだが、このアンソロジーには若手作家の作品も収録されている。

「訳者あとがき」で村上は、このアンソロジーを編むきっかけとして定期購読している「ニューヨーカー」誌にたて続けに三編「強く興味を惹かれる(あるいは印象に残る)作品に巡り合った」ためだとしている。うち二編は本書に収録されているが、版権の関係で収められなかったのがジュノ・ディアスの「ミス・ロラ」であったそうだ。春樹訳のジュノ・ディアスというのも読みたかったが、それよりもジュノ・ディアスもちゃんとチェックしているというのがわかってよかった。

この興味惹かれた作品はいずれも「ストレートなラヴ・ストーリー」で、これは偶然などではなく「この世知辛いポスト・ポスト・ポスト・モダニズムの文学世界に、突如ラヴ・ストーリーの時代が花開いたのかもしれない」としている。もっとも「ストレートなラヴ・ストーリー」だけで一冊編むのには苦労して、結局「広義のラヴス・ストーリー」も含めることになったとしている。このあたりはご覧の通りちょっと冗談めかした書き方にもなっているのでどこまで真に受けるかはともかくとして(各作品ごとに簡単な解説と共に星取り方式の「恋愛甘苦度」バロメーター! まである)、結果としてはベテランから若手まで作家の世代も作風も多様なものが収録されている。


思春期ならではの微妙な心理を扱ったものから、短編でありながら歴史大河小説風であったり、飛行船で逢引を重ねるナチのゲイのカップルや、「大人のラヴ・ストーリー」(「上級者」向け)までと様々な恋愛模様が登場する。


冒頭に収めらているマイリー・メロイの「愛し合う二人に代わって」は、「昔の「ニューヨーカー」にはよくこういうタイプの話が載っていたような気がする。このまっすぐなところが、僕はけっこう好きです」とあるように今時めずらしい(?)これでもかという直球の恋愛もの。「恋愛甘苦度」では甘味に星四つが与えられているように、甘酸っぱいお話が好きな人はキュンキュンきてしまうだろう。

個人的に一番好きだったのはトバイアス・ウルフの「二人の少年と、一人の少女」。タイトルの通り、1960年代半ばを舞台に、大学進学を控えた時期の男二人女一人の三角関係を描いたものである。どことなく村上の「めくらやなぎと眠る女」を連想させるところがある。短編「蛍」並びに『ノルウェイの森』の前日譚的雰囲気を持つこの作品はファンも多いが、個人的にもすごく好きなもので、ウルフのこちらも気に入った。

またアリス・マンローの「ジャック・ランダ・ホテル」のみ柴田元幸セレクションだそうだ。若い女と出て行った男の後を追い近所に住んで他人になりすまして元夫と文通を始めるというのは、どことなくホーソーンの「ウェイクフィールド」を思い起こしてしまう。「ウェイクフィールド」は柴田訳もあるが、柴田先生やっぱりこういうの好きなのねえ、と思ってしまった。「ジャック・ランダ・ホテル」のほうはスラップスティック風で結構笑えるものでもあります。

そして村上春樹書下ろしの「恋するザムザ」であるが、タイトルから想像がつうようにカフカの『変身』のパロディになっている。『変身』ではザムザはある日突然虫になってしまうのだが、「恋するザムザ」では逆にある日突然人間になっている自分にザムザは驚く。股間にテントをピンと張り続けるザムザ君の恋の行方はいかに、といった感じは『カンガルー日和』あたりの頃のリラックスした雰囲気の作品になっている。肩の力を抜いて書いたかのような(実際にはどうだかわからないけど)こういうのもいいんですよね。


このアンソロジー中で最も短く、また最も「ダーク」なのがロシアのリュドミラ・ペトルシェフスカヤの「薄暗い運命」である(こちらは英訳からの重訳)。ペトルシェフスカヤはソ連時代は「作品があまりに暗すぎる」という理由で冷遇されていたそうだ。村上は『あるところに一人の娘がいて、彼女の姉の夫を誘惑し、その男は首を吊った』という「実に凄まじいタイトルの短編集でこの作品を見つけた」そうだが、なんかここまでくると凄まじすぎて思わず笑ってしまう。「恋愛甘苦度」では甘味が星一つ、苦味が星四つだが、「べつに逆でも構わないような気がする」とあるように、凄まじすぎてむしろ滑稽、苦いのに甘く、甘いのに苦いというのが恋愛というものなのでせうか。

これですね。





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Author:佐藤太郎(仮)
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