『シチリア・マフィアの世界』

藤澤房俊著 『シチリア・マフィアの世界』






「本書は、マフィアを、その発生から発展過程に沿って論じた。時期的には十九世紀中葉から第二次大戦直後のころまでが中心となっている。いうなれば、本書はマフィアの歴史あるいはマフィアをキー・ワードとして近代シチリアの歴史、近代シチリアの世界を描いたものである」(「あとがき」より)。

マフィアという存在はまさにシチリアという土地、そして歴史が産んだものである。
シチリア貴族の特徴ともされ、また下層階級にまで浸透したのが「名誉とオルメタ(沈黙)」である。オルメタは「翻訳不能」であり、その意味は「謙遜ではなく、誠実、信頼、強さ」であり、「その表現形態が沈黙である」。このような文化が育まれた要因は歴史に求められるだろう。「シチリアは、古くはフェニキア人、ギリシア人、ローマ人、アラブ人、フランス人、スペイン人、そしてイタリア人によって支配」され、「絶えずよそ者に支配されたシチリア人固有の武器、掟、法がオルメタであった。よそ者の法を犯した者を救うために、被支配者としての連帯意識をもって、沈黙を守り、支配者に対する抵抗に姿勢を示す」のであった。

マフィアの語源については所説ある。Maffiaという言葉が最初に使われたのは1658年。当時は「魔女の通称で、大胆、高慢、恐怖を与えること、悪魔を追い払う能力」といった意味での使用例がある。19世紀にはfが一つとなり、「美しさ、勇敢、高慢、尊大、そして時には優雅さあるいは愛らしさという意味」を持ち、また「マフィオーゾであるという場合に、男らしいという意味をもち、男の中の男ということになる」。その他にもアラビア語で空威張りを意味するMahisや、また「シチリアにやって来たアラブ人が立てこもったり、避難所としたシチリア西部のマルサーラの疑灰石の採石場を意味するMafieを語源とする説」などがある。

マフィアは19世紀、シチリア西部や中部での小麦の耕作を行う大土地所有地で誕生した。文化や風土に根ざしたものであるにしては歴史が浅い。「マフィアは封建制の残存現象ではない」のである。「それは、経済的・社会的発展をともなわないまま、近代化の荒波にのみこまれたシチリア農村社会にあって、国家権力の弱体を補完するものとして発生した」のであった。

マフィアとなった人物の一つの典型が農地監視人であった。大土地所有者は不在地主となり、農地監視人が小作人や作物の監視にあたる。一方で地主が地元の風習などに従わない場合などにはこれに実力行使で反抗もする。ある面から見ると権力の走狗であり、またある面からでは反権力的な性格もあるのはこのような形成過程にあるのだろう。近代国家の法よりも共同体の「掟」を重視するということは、抑圧的な存在になることもあれば反国家的抵抗を担うこともある。

1861年にイタリアは統一されたが、シチリア人にとってはこれまで享受してきた特権の喪失とも映った。とりわけ徴兵制は大きな不満を呼び、徴兵忌避者が続出した。まだ権力が届き渡らない中、中央政府にとって秩序維持に頼れる存在はマフィアしかなかったのである。こうしてマフィアは現在イメージされるあのマフィアへとなっていく。選挙時には票の取りまとめを行い政界とはズブズブの関係となっていき、また暴力も辞さない姿勢で経済界においても勢力を伸ばしていく。違法行為上等で不正選挙に加担し、暗殺を含む犯罪によって財界に影響力を発揮するようになるが、裁きを加えるべき警察や裁判所もマフィアと深い関係を結んでいる。
そして「初代の大ボス」であるドン・ヴィートのように、アメリカへ移民した「マーノ・ネーラ(黒い手)」とも連携し勢力を拡大し、シチリアでは上流階級の一員として振る舞うようになっていく。


1924年にムッソリーニはシチリアを訪れるが、ここでマフィアに赤っ恥をかかされ、またシチリア社会におけるその影響力を目の当たりにする。「マフィアは警察権力以上のものをもっていること、そして国家に挑戦する存在であること」を悟ったのである。こうしてムッソリーニはマフィア撲滅作戦に打って出る。マフィアは旧来の政治家と深く結び合っているため、これを攻撃するのにもいい口実として使えたのに加え、「必要悪としてマフィアを承認し、それなしには生きられない」という「一種のマフィア信仰」からシチリア民衆を解放しようという「道徳的浄化」という使命感を抱く人物もいた。これが法からの逸脱も辞さない血で血を洗う凄惨な争いにまでなり、またマフィアの追及を深めると自らの周囲までその影響が波及することが判明したことなどもあいまって、ムッソリーニはマフィア撲滅を、「その意思を貫徹しないまま、中途でそれを放棄してしまった」のであった。
公式にはマフィアは消滅したとされたが、マフィアは犯罪行為を引き続き行い、ムッソリーニはそれを黙認するばかりか時にはマフィアを利用しさえしたのであった。とはいえマフィアの政治への影響力は衰えたのだが、第二次大戦によって「不死鳥のように」生き返るのであった。


イギリスのモンゴメリーとアメリカのパットンらが率いる連合国軍は1943年7月にシチリアに上陸し、瞬く間に進撃していく。連合国は兵員数こそ伊独軍とほぼ互角であったが、装備においては圧倒していた。このため連合国側の勝利は間違いないものであったが、さらには事前にマフィアと接触し、協力を仰いでもいた。ラッキー・ルチアーノはこの仲介に協力したとされている。勝利自体は揺るがないものであったのだろうが、マフィアはそのスピードを早め、犠牲者を減らすのには大いに貢献することになる。この時パットンが率いていた第七軍の15パーセントがイタリア系であったという説もあるそうだが、『パットン大戦車軍』の脚本を書いたコッポラが『ゴッドファーザー』ではマイケルを第二次大戦に志願させていることを考えると興味深くもある。

連合国はイタリア本土とシチリアとを分断するためにシチリア独立運動を煽ることになる。この中心的役割を果たしたのがファシズム支配を支えていた中間層であり、マフィアもこれに加わることによって再び政治への影響力を確保していく。
この第二次大戦末期から戦後にかけてマフィアが政財界において影響力を獲得していく過程の象徴となっているのが、サルヴァトーレ・ジュリアーノにまつわるエピソードだろう。

闇市で小麦などをさばいていたジュリアーノは警官に見咎められ、これを射殺してしまう。ジュリアーノは山に逃れ山賊となる。これが可能であったのは「シチリア農村社会に存在した反国家・反警察という民衆意識に助け」られたためであった。ジュリアーノは「金持ちから奪い、貧乏人に恵む」と公言したように義賊的存在ともなる。シチリア独立運動は盛り上がりを見せ、武装蜂起も行われるがその勢力は次第に衰退していく。そこでジュリアーノのような山賊を義勇軍として迎え入れることが決定される。ジュリアーノには軍事的才能があり戦闘ではその能力を発揮するようになるが、独立運動はしぼんでいく。戦後、政府は独立主義者に恩赦を与えることを決定したが、その中にジュリアーノのような山賊の名前はなかった。山賊たちは利用されるだけされ切り捨てられたのであった。

戦後のイタリアでは共産主義をはじめとする左翼勢力が存在感を増していく。マフィアは無論大土地所有者などの保守側につき、左翼活動家の暗殺にまで手を染めるようになる。そして保守勢力ににとって、ジュリアーノにはまだ利用価値が残っていた。1947年、ジュリアーノはメーデーと選挙の勝利を祝っていた集会を襲撃、女性や子どもを含む11人が死亡、56人が負傷する事態となる。他の山賊が次々と捉えられる中ジュリアーノが比較的自由に行動できていたのは警察が容認していたからであった。ジュリーアノは堂々と母親に会い、海外メディアとのインタビューに応じ、映画製作まで行っていた。このポルテッラ・デルラ・ジネストラ事件によって、ジュリアーノは晴れて外国へ逃亡できるという約束が交わされていた。このような保障を与えられたとジュリアーノに信じさせることができたのはマフィアや地元の警察ではなく、中央政府に影響力を発揮できる有力政治家であったことは間違いない。しかしジュリアーノはここでも裏切られる。この約束が空手形であることがわかると、ジュリアーノは大司教やマフィアのドンにまで無謀にも約束の実行を求めるが、こうなれば彼は邪魔者でしかない。国外逃亡と多額の現金でジュリアーノの右腕であったピショッタを釣り、ジュリアーノを殺害させる。ピショッタへのこの約束も履行されることはなく、彼はあえなく逮捕される。無期懲役の判決を受けマフィアが支配する悪名高き刑務所へ送られる。ピショッタは暗殺をおそれ食事に毒見は欠かさず、コーヒーは自分でいれていた。ある日、看守と父親と三人でコーヒーを飲もうとし、カップに口をつけるとピショッタは苦しみ始め、そのまま死を迎える。彼のコーヒーカップにだけストリキニーネが混入されていた。ピショッタが病院に運ばれている間にカップもコーヒーメイカーも消えていた。検察長官に裁判では話しきれなかった、首相の座につくことになるマーリオ・シェルバに事件を教唆され、ローマで面会したという証言をする数時間前のことであった。「今日でもマフィアの殺人の最高傑作のひとつとされている」のだそうだ。

戦後の農地改革によって大土地所有制度は終わりを告げたが、マフィアは政財界に深く食い込み、アメリカの「マーノ・ネーラ」から「コーザ・ノストラ」と名を改めたファミリー連合とも関係を深め、国際犯罪組織として大きな影響力を発揮し続けることになる。


本書の親本は88年に刊行されたものだが、著者は「学術文庫版あとがき」で80年代以降のマフィアの研究についてはフォローしていないので加筆は行わなかったとしている。この後マフィアを取り巻く環境は大きく変わっただけにその点は少し残念であったが、単におどろおどろしいものとしてではなく、歴史的文脈もふまえたうえでマフィアとは何かを十分に知ることができるものとなっているだろう。



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佐藤太郎(仮)

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