『「アラビアのロレンス」の真実』

田隅恒生著 『「アラビアのロレンス」の真実  『知恵の七柱』を読み直す』




ロレンスの『知恵の七柱』(前に書いた感想はこちら)は、一応は回想録に分類されていることが多い。「一応」と留保を付けるのは、『知恵の七柱』にはあまりに多くの誇張や潤色、故意の言い落としなどが含まれているためである、というところまでは多くの人が同意するところであろう。『知恵の七柱』の訳者である著者はさらに一歩進め、本書において『知恵の七柱』は「実録の形をとったロレンスの「創作」である」ことを論証していく。

翻訳は究極の精読ともいえるものであろうが、著者は『知恵の七柱』内に存在する矛盾や言い淀みのような不自然な箇所をついていく。そして『七柱』に登場する、あるいはロレンスがあえて登場させなかった人物の回想、ロレンスによる報告書やその他の公文書、そして先行研究などを仔細に比較検討することで『七柱』が「創作」であることを明らかにしていく。

「創作」とはいっても、無論何もかもがまったく根拠のない妄想であったというのではない。例えば批判者からしばし捏造と疑われるダルアー事件であるが、著者はロレンスがイギリスに帰国し軍に再入隊後に行っていた鞭打ちの実態などからしてこれに類する出来事があったと推測している。同時にまた、あの日ダルアーで実際に何があったのかは今となっては「事実」を突き止めるのは不可能なことでもある。


『七柱』を「創作」と見なすことは、ロレンスが一番望むところであったのかもしれない。
『七柱』には「隠蔽」や「神秘化」が施されている。ロレンスと交遊があり、印刷原稿と予約者向け簡約版双方に目を通していたロバート・グレイヴズは1927年に早くも「ものごとを神秘化し、おそらくは故意に人を惑わせ、あるいは矛盾のある発言をすることこそ、実際に起こった事実を隠蔽する最良策」だったと書いているが、これは他ならぬロレンス自身が書かせた言葉なのである。

1933年にはリデル-ハートに対してこうも語ったのだという。「ウェルズがあれを偉大な人間記録(グレイト・ヒューマン・ドキュメント)ではあるが芸術作品でないと言っていた。逆なのだ、クセノポンの『アナバシス』といった人間記録などではなく、芸術をねらった作りものの無理作品だ」。

ロレンスが「創作」という形を取ったのは、個人的感情であり複雑に交差する政治的思惑の渦中にいたためであり、そして何より彼自身の文学的野心からであったのだろう。しかしこの文学的冒険は必ずしも成功したとはいえず、むしろ不徹底でいびつなものとなったのかもしれない。しかしそれゆえにかえって迫真性を高め、『七柱』は「創作」としてではなく「実録」と受けとられたということなのかもしれない。

そして、仮に「創作」であるからといって『七柱』やロレンスに対する魔法が解けてしまうということにはならないだろう。ダルアー事件(の描写)をどう読み解くかということに代表されるように、むしろその複雑さと想像力を介入せざるをえない空白とはさらに人を魅了するものであろう。


その他いくつか興味深かったエピソードを。

すでに書いたようにロレンスは帰国後に自らを鞭打たせていた。ジョン・ブルースという男が1968年にこれを「サンデー・タイムズ」に持ち込んで公にされたのであるが、すでにこの噂は関係者の間には広く出回っていたようだ。
ロレンスは渋るブルースに、ある理由から自分は鞭打たれなければならないとしていた。それはある「老人」が自分に懲罰を加えようとしている、それを実行しなければ秘密が暴露されてしまうというものであった。つまり「ロレンスは自分の不始末を庶出暴露という脅かしで懲戒する立場にある架空の「老人」を創り出し、その命令と称するものを作文して封印し、ブルースに渡したうえで実行させ、「老人」あての同じく封印された実施報告書を自分で受け取り、同時に「老人」の命令書を返させて回収するとともに、鞭打ちで苦しむ自分の姿を再確認したのである」(p.205)。

なんと手の込んだことを……。ブルースはこの「老人」が実在すると思っていたようだが、これもどこまで信じるべきなのかという気もするのだが。


ロレンスに大きな苦悩をもたらしたサイクス-ピコ協定の当事者、マーク・サイクスは1919年に39歳で「スペイン風邪」により死去した。そして「鉛で密閉された彼の遺体は死後八十九年目の二〇〇八年に発掘され、H1N1亜型インフルエンザ・ウィルスの研究に用いられた」とのことである(p.270)。
サイクスの遺体がこのような運命を辿っていたとは。ウィキペディアを見たらちらっと載ってますね。


このサイクス-ピコ協定をはじめとして、現在にまで続く中東の混乱はこの時代に多くの種が播かれた。これは必然の結果などではなく、いくつかの可能性の中からこのような状況が生じていったのである。

「ロレンスの最大の誤算は、フランス排除の失敗は最初から予想されたのに対し、イブン・サウードという新興勢力を最後まで過小評価したことと、シオニズムの浸透をアラブ人の自立にプラスに作用するものという考えに立っていたことだ」という箇所がある(p.241)。
「シオニズムの浸透をアラブ人の自立にプラスに作用するものという考え」ていたというのは現在からすると信じがたいように思えてしまうが、当時は「ファイサルもロレンスもアラブの独立を図るためにウィルソン大統領の提唱する民族自決の原則に依拠し、欧州列強に対してシオニズムと共闘する立場をとっていた」のだそうだ。
ファイサルはロレンスとともに当時のバルフォア外相を訪れた後にシオニズムの指導者ハイム・ワイツマンと面談し、そこでこのようなやりとりがあったそうだ。 
「「アラブ人農民の土地所有を侵さなくてもユダヤ人四、五百万ぐらいは入れる余地ができる」と述べたワイツマンに、ファイサルはこう応じている――「パレスティナでユダヤ人とアラブ人の間に摩擦が起こりかねないとは妙な話だ。ユダヤ人がアラブ人と混在しているどこにも、摩擦などはない。〔…〕パレスティナで土地が不足するとは一瞬たりとも思わない」」(p.242)。

まさに「いまから見れば夢のよう」な思いにかられてしまう。


このように様々な政治的思惑が交差する『七柱』やロレンスその人についえ考えることは単に衒学趣味や過去への耽溺ではなく、まさに現在につながっていることでもある。


本書は『七柱』未読の読者も念頭に置かれており、第一章ではロレンスの生い立ちから『七柱』で描かれることになる出来事までの「前史」、そして「補記」として『七柱』の部ごとの概要もある。とはいえやはり『七柱』に目を通してから本書に取りかかるほうがより楽しめることだろうと思う。

とりあえずロレンスについて知りたいという人は八木谷涼子さんのHP「アラビアのロレンスを探して」を。


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佐藤太郎(仮)

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