愛嬌問題

未見だったヒッチコック作品をいくつか見たのでちょろっと。


『白い恐怖』は1945年公開のサイコ・サスペンス。精神分析を正面から扱ったものだが、その内容はどちらかというと俗流精神分析に近いだろう。ヒッチコックで精神分析とくればジジェクなのだが、この作品については何か書いていたっけか。

ダリのデザインによる夢の場面はなかなか見せるが、ふと思ったのだが村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』に出てくる「顔のない男」ってここからインスピレーションを得ているってことはないのかな。

そのあたりはよくわからんが、この作品の魅力はなんといってもイングリッド・バーグマンの美しさにある。精神分析云々の件は精神分析に肯定的な人にも否定的な人にも現在では厳しいだろうが、イングリッド・バーグマンの、とりわけその眼鏡姿には目を奪われてしまった。堅物の女医だから眼鏡をかけさせてしまえ、というのは安易といえばそうなのだが、でも綺麗なんだからいいやという気にさせられる。個人的には特に眼鏡フェチということではないのだが、好きな人にはたまらないものがあるのかもしれない。行方をくらませたグレゴリー・ペックを探しにホテルに向かう時のピシっと決めた姿もいい。こういう恰好が似合う人がいなくなったというより、こういう恰好を女性がもうしなくなったというところもあるのだろうけど。







『バルカン超特急』は1939年公開のイギリス時代のコメディタッチのスパイ・サスペンス。

原題はThe Lady Vanishes。汽車で一緒だったはずの老夫人がふと目を覚ますと消えており、乗客はそんな人は見なかったと言いはじめる……というあらすじで想像がつくように、ミステリーとしてはんなアホなといった展開ではあるが、軽いタッチで楽しませる。クリケット狂の英国人二人組は現在ならサイモン・ペッグとニック・フロストあたりがうってつけだろうが、『フライト・プラン』にもこういう成分でもあればもう少しなんとかなったのかもしれない。

平和主義者がロクでもない人間として描かれているようにプロパガンダ臭などに時代を感じさせる設定も多いが、またいかにもヒッチコックという部分はほぼ完成しているといっていいだろう。ただ男の主人公があまりオブセッションを抱いていないキャラクターであるところなどは「らしくない」ところでもあるか。

アイリスとギルバートは第一印象はお互い最悪。いがみあっていたのが次第に……という展開はラブコメとしても典型的なものになっている。アイリス役のマーガレット・ロックウッドは超絶的な美人というよりは愛嬌があるといったタイプかな。こいうコメディタッチの作品のヒロインってやっぱり愛嬌が大切で、汽車の中での格闘場面のあの感じとか、「体操でもしていろ」と言われてのあれとかは可愛らしい。
イングリッド・バーグマンはこういう役はやっぱり似合わないよなあ。グレイス・ケリーでもちょっと違うなあ。ヒッチコックとはすれ違ったオードリー・ヘップバーンならそれなりに様になるかも。









ここであらぬ方向へ話しを飛ばすと、剛力彩芽さんがやたらと叩かれるのは事務所のゴリ押し云々というよりも、本来はあまり愛嬌があるタイプではないにも関わらず、とりわけCMなどでは愛嬌たっぷりといった設定になっているところが顰蹙を買っている部分が大きいのではないだろうか(映画やドラマは見たことないので知らない)。
事務所が責められるべきはゴリ押し(だけ)ではなく、当人の個性を無視したような方向の仕事ばかり入れてしまうことなのかもしれない。日本のドラマがつまらない理由として芸能事務所の力が強すぎることがよくあげられるが、まさにその悪しき例なのかも。
『あまちゃん』はちゃんと見ていないのでよく把握していないのだが、能年玲奈さんというのは愛嬌があるタイプ(の演技ができる人)なのだろう。同じ脚本演出で『あまちゃん ゴーリキーバージョン』が作られたら……と想像するとなかなかのものがある。何事にも向き不向きというのがあるのですよね。
「愛嬌とは何か」ということを考え始めるとやっかいなものではあるのだけれど、ないものねだりが多大な危険をもたらす領域であるのは確実であります。

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佐藤太郎(仮)

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