『コリーニ事件』

フェルディナント・フォン・シーラッハ著 『コリーニ事件』




コリーニが事件現場となったホテルの一室へやって来るのを多くの人が目撃していた。銃声が轟き、コリーニ自らが警察を呼ぶようフロントに伝える。コリーニの犯行であることには疑問の余地がないようだ。若き弁護士ライネンが国選弁護人となるが、コリーニは動機についてだけは頑として口を開こうとしない。被害者がライネンの亡くなった親友の祖父で、彼自身もかつて親しくしていた人物であることが判明するとライネンは国選弁護人を降りようとする。しかしそこにベテラン弁護士マッティンガーが現れる……


本作をジャンル分けするなら法廷ミステリーとなろう。シーラッハ自身が著名な弁護士として知られており、ドイツ独特の司法制度を描いた部分を含め著者自身の経験が十分に活かされ、またぶっきらぼうとすら思えるほどの簡潔な文体で綴られているといったあたりは短編集である『犯罪』や『罪悪』と重なる。この作品も大長編に仕立てることもできたのだろうが、長めの中編といったあたりに押さえており、すでに独特のスタイルを確立しているシーラッハらしい作品といっていいだろう。

しかし本作には、過去の短編集とは明らかに異なる部分もある。『コリーニ事件』は三人称で書かれているが、読者はそのテーマからしていやがおうにもシーラッハその人を、もっというと彼の「血」を想起せずにはいられない。
よく知られているようにシーラッハの祖父、バルドゥール・フォン・シーラッハはナチ党の全国青少年指導者を務めたナチスの幹部であった。ニュルンベルク裁判によって禁固二十年の判決を受け服役するが、彼がナチで果たした役割を考えると不当に軽い判決であったという見方をされることも多い。

ライネンの少年時代のある記憶は恐らくは著者自身の祖父との記憶を使ったものであろう。つまり、ライネン/シーラッハがナチスという過去といかに向き合うべきかというのが本作のテーマであることを示している。

ドイツにもナチスとその行いを相対化し、矮小化しようという動きは根強くある。シーラッハのような出自を背負った作家がそのような動きと対決しようとしたものでもある。法廷ミステリーでありまた歴史ミステリーというエンターテイメント的手法を用いつつも、ナチスをめぐるドイツ戦後史を照らし出すかのようなこの作品である。ミステリーとしてのみ取り上げるならやや弱く感じられる部分もあるかもしれないが、ドイツが、あるいは個人がナチスという過去といかに向き合うべきかという重みは十分にある。またその重みは日本の読者にとっても十分に感じとらねばならないことでもあろう。



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Author:佐藤太郎(仮)
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