せ、先生、校庭でいったいなにを……

赤川学著 『セクシャリティの歴史社会学』をパラパラと読んでいたら、第十三章、「オナニー至上主義とセックス至上主義」でこんな箇所に出くわしてしまった。


オナニーを始めて経験したときの体験談を読んでいると、オナニーの経験の状況に、一定の類型が存在していることがわかる。大きく分けると、他者の教唆・介助を得てオナニーを初体験するパターンと、初めから一人きりで試行錯誤のうちにオナニーを経験するパターンである。前者を「共同行為としてのオナニー」、後者を「個人行為としてのオナニー」と呼ぶことにしよう。もっとも典型的な共同行為としてのオナニーは、農村漁村の若衆宿におけるそれである。野口武徳によれば、山梨県南都留郡道志村の若衆宿は明治末期まで残されており、そこで若者たちは各自の一物を露呈して、障子紙の破り競技を行ったり、精液のとばし合いなどをして競い合ったという(石川・野口 〔1974:41〕)。
 ここで高橋鉄『人性記』(一九六六)における二五のオナニー体験談、斉藤修平「性のフォークロア」(斉藤修平〔1977〕)における八例の体験談をまとめてみよう(表8参照)。他者から直接ないし間接にオナニーを教唆される、共同行為としてのオナニーのパターンには、年長の男性(書生、従兄弟)と同衾、女中にさわられる、寄宿舎などで上級生から直接教唆される、軍隊で上級兵に命令される、先生が校庭でオナニーしているのを模倣したなどがある。最後の例はかなり極端としても、共同行為としてのオナニーが農村漁村地域/民俗社会に特有の行動パターンであるとすれば、そうした慣習は、学校、寄宿舎、軍隊といった近代的な制度の中にまで持ち込まれていることになる。また他者からの教唆を経ずに自発的にオナニーを経験する、個人行為としてのオナニーのパターンとしては、木登り・鉄棒・床などとの性器の接触によって触発されたものと、陰部のかゆみやむずむずによって触発されたものとが中心的である
。(pp.339-341)


「先生が校庭でオナニーしているのを模倣した」??? トイレとか用務室とかならまだわからんではないが校庭って。極端な例というかなんというか、いったいどういう状況だったのでしょうか……







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Author:佐藤太郎(仮)
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