『ヨーロッパ労働運動の悲劇』

A・シュトゥルムタール著 『ヨーロッパ労働運動の悲劇』


1920年代からナチズムの隆盛までのヨーロッパの労働運動側(左翼と言い換えてもいいだろう)の政治的、政策的な失敗を描き出す。現在であればこれは「歴史」を描いたものであるが、原著初版は1942年の刊行なので、ここに書かれていることは現在進行形であった。

「訳者あとがき」からの引用してみよう。
「著者は、この悲劇の根源を、労働運動の勢力とその反対勢力との間に「社会勢力の均衡」が出現し、どちらも相手を圧倒して社会的、政治的安定を達成しえない「手詰まり」状態が出現した状況と、その状況に対する労働運動の側における適応性の欠如に求めた。つまり労働運動側は、政治権力を握れるだけの実力をもちながら、権力の行使に必要な政治的成熟を欠いていたとするのである。著者は当時の労働運動にみられる未成熟をその「圧力団体」的意識のうちにもとめ、それに対して成熟したあるべき姿としての「政治的行動」を説いている」。

ナチスが政権を握るまで共産党が社会民主主義者を「社会ファシスト」として第一の敵と位置づけていたことや、スペイン内戦で味方であるはずの無政府主義者を弾圧したことは広く知られている。こういった政治面での過ちについて触れた本は多くあるが、本書が貴重なのは、同時代に書かれたものでありつつも、その政策的な過ちに現在の視点から見てもかなり的確な批判を加えていることであろう。そして残念なことに、著者の批判は現在の左翼批判としても十分に通用してしまうものでもある。いや、左翼のみに限らず、ここ十数年の日本批判としても読めるのである。


「ドイツ社会民主党の指導的専門家の一人、フリッツ・ナフタリ」は1930年末に、状況が極めて深刻であることを指摘しつつも、「しかしこの期におよんですら、大部分の労働指導者は、危機が、資本主義制度の自動的回復作用によってまもなく克服されるであろうと信じていたのであった。/資本主義の自動的回復作用に干渉することは、益よりもむしろ害をなすものと考えられた。危機は、過去の経済的過誤に対する必要な是正とみなされた。指導者は、恐慌がこのような過誤の結果から経済構造を純化し終らないうちに恐慌を停止させることは、害があると考えたのである」(Ⅰ p.97)。

現在でも中途半端な状態で不況を解決してしまったら改革ができなくなってしまう、といった倒錯しているとしか思えない主張をする人がかなりいるが、この当時は(というか当時も)左側にもこのような発想をする人が多数いたのである。


「改良主義者たちの恐慌観が、過去の必然的な清算とみるものであるからには、デフレイションは不可避のことであったのである。膨張政策が、危機を緩和するかもしれないし、付加購買力の導入が、デフレ期間を短縮するかもしれないことを知らないわけではなかったが、しかしそれを行うとなると、その代償は、必要な清算が阻害され、それによって、また新しい危機の種が生まれることであると考えられたのである」(Ⅰ p.98)。

このような、目先の利益に捉われずに「改革」をやらねば今後もっと恐ろしい破局がやってくる、という発想も未だにはびこっている。そしてデフレが景気にとってマイナスだということを知りつつも、「改革」のために景気を犠牲にしても構わないというのも現在でもよく目にする主張である。


「復興に対する諸障害を除くためには、改良主義者は均衡予算を主張したのである。ナフタリが述べたように、「社会民主党はつねに『何を措いてもまず、国の財政の安定を計らねばならない』と主張してきた。連邦、各邦および市町村が、その財政において確乎とした安定をもたないならば、われわれは合理的で成功しうる経済政策や社会政策を全くもつことができないのである。」/通貨の操作はタブウであった。これは、幾分かは自由放任の原則にもよるが、しかしドイツでは、戦後インフレイションの恐るべき体験によるものでもあった。賃銀が物価上昇についてゆけず、異常な物価上昇によって組合基金が一夜にして蕩尽されつくしたという恐るべき時代を憶えている労働指導者たちは、そのような大破局の再来を阻止するという厳粛な誓をたてたのであった。それ故に「通貨に手を出すな」というスローガンは、ほとんど誰も異議をさしはさまない、左翼のスローガンであったのである」(Ⅰ p.99)。

とにかく財政均衡を最優先にさせ、金融政策も否定する。そう、「バラマキ」批判と金融政策批判を同時に主張するというおなじみの光景である。


「実際上の諸政策となると、共産主義者は、大部分の社会主義者よりも一層オーソドックスですらあった。危機克服の具体策を論じる段になると、つねに共産主義者は、極端な自由放任の考え方を支持するのであった。たとえば、予算の均衡あるいは予算の赤字の減少という問題が論じられたとすれば、共産主義者は、均衡という目的それ自体に問題があるかもしれないとは考えないで、そのかわりに「金持ちをしぼれ」という彼等のスローガン一筋に執着するであろう。通貨の操作が提議されたとすれば、頑固な正統主義に執着する共産主義者は、金本位制からのいかなる離脱をも、貧乏人を搾取するための資本家の欺瞞として描くであろう( Ⅰ p.109)。

前にこちらも第二次大戦中に書かれたノイマンの『大衆国家と独裁』の感想を書いたが、ノイマンも西側諸国が「オーソドックス」な政策に捉われるあまりナチスに先を越されたことを批判していた。また財政赤字を問題だとしつつ、金融政策を金持ちが得するだけの政策だと批判する人は現在でも多い。


「〔ドイツ〕社会民主党は、異常な強度と持続性をもつ恐慌を洞察しなかった。経済的暴風が全精力をもって吹き荒れていた一九三一年になってすら、彼等は、危機自体の緩和には余り役立たず、ただ労働階級の直接的苦悩を軽減することを主眼とした政策を固執した。多くの社会民主党と労働組合の指導者たちは、オーソドックスの理論に執着していた。それは、国家の干渉は目先の救済をもたらしはするが、それは唯その代償として危機を一層長期にわたらしめ、さらに性質において一層きびしいこともありうるような別の恐慌を準備するにすぎないという理論である。従って社会民主党と労働組合は、政府のデフレイション政策を変えさせる努力は全然行わず、ただそれが賃銀と失業手当を脅かす限りにおいてそれに反対したのである。(中略)社会民主党の所有したものは経済政策ではなく、ただ「救済」政策のみであったのである。彼らは失業保障機構の救済能力の維持を目指して戦った。そしてその結果として、政府が失業保障基金をみたしうるような均衡予算を目指して戦った。しかし彼等は、失業の根源を攻撃しなかったのである。彼等はデフレイションを拒否した。しかし彼等はまた、どのようなものであれ平価切下げを含むところのインフレイション的諸措置にも反対した。「反インフレイション、反デフレイション」、公式の政策声明にはこう述べられてあった。どのようなものであれ、通貨の操作は公式に拒否されたのである」( Ⅰ p.165)。


このあたりは、まだ「救済」政策を取ろうとしただけ日本の民主党政権よりはマシに映ってしまうというのが悲しいところ。


フランス人民戦線によるブルム政権では「反平価切下げ、反デフレイション」がスローガンであった。「ブルムとオリオールは、予算の均衡は国の経済に害を与えるような諸措置によっては達成できないという理論をもって、前首相ピエール・ラヴァルのデフレ政策を攻撃してきた。本質的な点は、繁栄期を回復せしめることである。繁栄は自ずから予算を均衡させるであろう。すなわち税収は増大するであろうし、救済への出費は減らすことができる筈である、というのである。他方フランの平価切下げは、多くの急進党員によって、そして特に、それを国家が組織する貧民の収奪であると称した共産党によって、強力に反対された。このようなわけでブルムとオリオールは、デフレイションと平価切下げをともに拒否したのであった」( Ⅰ p.185)。

しかし「期待された資本の復帰ではなく、資本の流出」が生じてしまい、守勢に立たされる。
「レオン・ブルムの実験」と呼ばれた政策が行われたのは一九三六年六月から九月にかけての四ヶ月ほどに過ぎなかった。「ブルムが自分の実験をそれと比較することを好んだルーズヴェルト大統領のアメリカの計画と同様に、フランスの「小ニュー・ディール」は改革措置と復興措置とを融合したものであった。一〇月から翌一九三七年二月までの月日は延長の時期であった。「休止」の公式声明がそれに続いた。それは実際には、歳出削減と予算均衡への新たな努力によって特徴づけられるデフレ政策への退却であった」( Ⅰ p.188)。


フランスではブルム人民戦線政権であと一歩のところまでいきながら、結局はこの試みも挫折してしまう。


「公共支出の実質的な増加は、通貨問題の解決なくしては不可能なものである。過去五〇年間にフランスは、通過安定期においてすら恐らくはどの国よりも多くの赤字予算をもったという事実にも拘らず、フランスの世論は、予算の赤字をインフレイションへの序曲とみなす傾向があった」( Ⅰ pp.189-190)。

これもおなじみの財政破綻恐怖症、インフレ恐怖症であるのだが、このような主張に説得力を感じてしまう人のほうが多いのは当時も今もあまり変わらないのだろう。


「正統的な自由経済主義がフランスほど強い国はなかったが、しかしブルムは、イギリスやドイツの労働指導者ほど正統的な自由経済論者ではなかった。しかし彼は、多くの理由で自己の理念の実行を阻止されたのであった。彼のハンディキャップは、なかんずくその同盟諸党であった。為替管理を拒否したものは、ダラディエの急進党であった。平価切下げに反対したものは、共産党、多数の社会党員、相当数の急進党員であったんである。共産党の政策は、復興という見地からは殆ど役に立たないような、「金持ちに税をかけろ」というスローガンを一歩も出ないものであった。ファシズムに対する政治闘争では労働陣営の忠実な見方であった急進党も、予算の赤字が増大すると不安にとりつかれたのである。彼等は、為替管理を希望する労働組合の要求に対して、自由放任の理念を擁護したのであった。ブルム自身も、経済「計画」に対しては非常な不信を示したのである。彼は、計画企図の幾つかは、その性格において根本的にファッショのものではないかと恐れていたのであった。彼は新しい時代を開こうとして出発したけれども、彼の政策は、成功するには余りにも多すぎる正統的諸要素と、余りにも多すぎる矛盾した諸要素とを備えていたのであった。もし社会党が経済拡大政策をあくまでも推進しようと決意したとすれば、彼等は、特に代議員も上院もストライキ労働者を刺激することを敢行しえなかったブルム政府の初期の間に、急進党と共産党の抵抗を克服できた筈である。しかし社会党は、経済拡大のプログラムを何ももたなかったのである。その結果、自由放任の伝統が力を盛り返し、そしてフランスの左翼がその目的を実現することを妨げたのであった」( Ⅰ pp.190-191)。

かくしてフランスの人民戦線政府は経済政策において敗れ去ったのであった。


ここで左翼の弁護をするなら、このようなドグマに捉われていたのは何も左翼だけに限らない。有名な例としては、当時蔵相であったチャーチルはケインズの激しい批判を一顧だにせずに金本位制への復帰を決め、イギリスを不況に突き落としている。むしろ政治的左右の違いを超え、「直感的」に金融緩和には拒否感を抱き、金本位制的財政均衡政策に好感を抱く人がいかに多いかというべきだろう。
ではこのような「直感」が「先天的」なものであるのかというと、そうとはいえないであろう。前にホブズボームの『帝国の時代』の感想を書いたが、ここでは19世紀末から20世紀初頭には資本家の側も労働者の側も(少なくともその一部は)マイルドなインフレが好景気をもたらすことや、金本位制への固執が景気にマイナスであることを認識していることに触れられていた。
やはり「オーソドックス」な政策への執着は1920年代前半のドイツに起こったハイパーインフレによるものだと考えたくなるのであるが、スメサーストによる『高橋是清』では井上準之助が問題を認識しつつも金本位制復帰に不合理にものめり込んでいったとされていることを思うと、この問題のやっかいさはそう単純に答えを出すことはできないのかもしれない。

1930年代前半のドイツはインフレから一転してデフレ不況であったのだが、デフレを問題だと認識しつつも、インフレ恐怖がそれに勝ってしまった。これは日本で起こったことであるし、また現在ユーロ圏で起ころうとしていることでもあろう。

「日本で起こったこと」と書いたが、日本は昭和恐慌と1990年代から2000年代にかけての、「失われた10年」が20年になる過程と、これを二度も体験しているのである。
坂野潤治著『近代日本の国家構想』の感想でも書いたが、ここで坂野はまさに『ヨーロッパ労働運動の悲劇』にも通じる、1920年代に起こった民政党の政策的失敗を描いている。ただこちらの場合、比較的労働者寄りであったはずの民政党が政権を取ると逆に財界に接近し、財界から煽られて金本位制への復帰とそれにともなう緊縮政策の道を突き進んでしまうところがなんとも日本的なように思えてしまう(しつこく書くと、財界人とそれに近い立場のメディアが金本位制復帰と緊縮政策を煽ったように、これを「労働運動」、「左翼」の側のみの失敗とすることはできない)。

このような具合に、1920年代から30年代にかけての経済政策の過ちに関する本を読んでいると、空恐ろしくなるほど最近の失敗に似ていると感じられてしまうことが多い。

『ヨーロッパ労働運動の悲劇』を読んだのは濱口桂一郎氏のブログの「『ヨーロッパ労働運動の悲劇』を復刊して欲しい」を読んで気になっていたためであったが、なるほど、確かにこの本は現在でも広く読まれてしかるべきものである。しかし実際に復刊されたとして、読むべき人たちが手に取るのかというと心もたないところであるのが日本の政治、経済状況において最も辛いところなのである、ということをこのような本を取り上げると毎回書いている気がする……






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