『アフガン諜報戦争』

スティーブ・コール著 『アフガン諜報戦争  CIAの見えざる戦い ソ連侵攻から9.11前夜まで』




1996年9月、CIAイスラマバード支局長のシュローンはカブールへと向かった。アメリカがマスードと接触するのは5年ぶりのことだった。北部同盟のカリスマ的指導者マスードは対ソ連戦では英雄となったが、国防相としては失態続きでその評判は地に落ち、アメリカにとっては利用価値がないと判断されていたのだった。今回シュローンがマスードと会ったのは、80年代にアメリカがアフガンにばら撒いたスティンガーミサイルを回収するためだ。CIAは現金払いでスティンガーを買い戻そうと躍起になっていた。そしてもう一つ気になることがあった。シュローンがマスードに会う数ヶ月前、サウジアラビアの大富豪の息子、ウサマ・ビンラディンがスーダンを追放され、アフガンへとやって来ていた。マスードは「このサウジ人の非常に厳格で非寛容なイスラム観は、アフガン人とは相容れない」と語ったのだった……


本書は、イラン革命に刺激されパキンスタンのアメリカ大使館も襲撃され死者を出すという事件が起こり、さらにソ連がアフガンに侵攻するという1970年代後半から、2001年9月9日、マスードがアルカイダによって暗殺されるまでを、ソ連、パキスタン、サウジアラビア、スーダン、そしてCIAを中心とするアメリカなどの情勢を詳細に描いたものである。

不謹慎な言い方をするなら、本書は非常に「面白い」。サイウジの王族、パキスタンの情報部、滅びゆくソ連指導層と取り残されたアフガンの親ソ指導者、謎めいたタリバンの指導者オマル師、後にアフガンの大統領となるカルザイ、レーガン、ブッシュ、クリントン、そしてブッシュ・ジュニアといったアメリカ大統領からCIAの末端工作員まで、一癖も二癖もある登場人物たちが、傲慢と小心、利己主義、無知無関心、希望的観測と猜疑心、相互不信などが折り重なりあいながら破局へと転がり落ちていく。まるでジョン・ル・カレの小説でも読んでいるような気分になってくる。もちろん読者はマスード暗殺の二日後に何が起こることになるのか、そしてさらにアフガン、イラクという国家が辿ることになる道を知っている。この現実を前にしては、「面白い」という感想を持ってしまうことはためらわれる。

読者はすでに「結末」を知ったうえで読むことになるため、あの時あの瞬間に別の選択肢を取っていればという後悔の念が常にまとわりつく。何よりも歯噛みしたくなるのは、ビンラディンの命をめぐってであろう。1998年に起こったケニア、タンザニアでのアメリカ大使館爆破事件により、アメリカはビンラディンの危険性を嫌と言うほど思い知らされた。クリントンは巡航ミサイルをスーダンとアフガニスタンへ撃ち込むが、ビンラディンは行方をくらまし、タリバンはビンラディンの身柄引渡しを拒否する。以降クリントンがビンラディンの殺害を何にかえても実行すると決断していれば、成功する可能性の高い機会が一度ならずあった。しかしクリントンはある時には巡航ミサイルを撃ち込むのを取りやめ、また別の時にはCIAと協力関係にあるアフガン部族の特殊部隊による襲撃作戦を中止させた。
クリントンは愚かだったのだろうか。現在の視点で見ても、イエスともノーとも言い切ることはできないだろう。巡航ミサイルによる攻撃は精度がいくら高いとはいえ、誤爆の危険性もある。数百人に及ぶ民間人の犠牲者を出したうえにビンラディンを取り逃がす危険性も十分にあった。あるいはアメリカと良好な関係にあるアラブの国々の王族を巻き添えにするリスクもあった。仮にビンラディン殺害と引き換えにタリバンともアルカイダとも無縁の民間人に大量の犠牲者を出し、新米国の王族の命を多数奪っていたらどうなっていただろうか。「9.11」は防げていたのかもしれないが、また別の危機を召喚してしまうことになっていたのかもしれない。

90年代からCIAは無人偵察機の開発を進め、さらに無人機を武装させて攻撃する計画を立てていた。クリントン政権は一つには武装無人機の性能に確信を持てなかったため、もう一つには国際法に違反するのではないかという懸念から無人機による攻撃を行わないという決定を下す。
原著の初版刊行は2004年(邦訳の底本となった増補改訂版の刊行は05年)なので当時は知るよしもなかったが、その後誕生するオバマ政権はついにビンラディンを殺害し、無人機による爆撃にのめり込むようになる。同じ民主党のクリントン政権のトラウマがそうさせたのかもしれないが、いずれも法的根拠は極めて疑わしいものであり、このような暗殺劇によってアメリカがより安全になったとすることはできるのだろうか。


サウジアラビアは矛盾に満ちた政体である。サウード家はイスラム原理主義の嚆矢ともいえるワッハーブ派と結びつき勢力を広め、イスラム教最高の聖地の守護者となる。一方で外交上はアメリカに庇護を求め、ついには米軍基地をサウジ国内に置くことになる。この不満をはけさせるために過激なイスラム主義者のご機嫌取りをせねばならず、またそれはサウード家による支配を維持するのにも都合のいいことでもある。ウサマ・ビンラディンはまさにサウジという政体の矛盾が産んだ存在であたといる。そのサウジの情報機関がビンラディンの危険性を過小評価し続けたのも当然のことであろう。
タリバンの育ての親がパキスタン(の情報部)であることはしばし指摘され、本書でもその内実が描かれている。宗教的共感もさることながら、アフガンの政権が親パキスタンの過激イスラム主義であることはインドへの牽制となる。そのためパキスタン情報部はなんとしてもタリバン政権を守りたかった。
アメリカはこれらの思惑に引きずられ、タリバンは内政上は圧政を敷くにしても外交上は脅威とはならず、サウジのように協力関係を築くことができるかもしれないと評価し続け、ビンラディンの危険性に気づくのは実際に危機が表面化した後のことだった。

2000年の大統領選挙の際、ブッシュの外交政策のブレーンだったコンドリーザ・ライスはイランがビンラディンを支援しているというブリーフィングを行っていた。実際にはシーア派のイランはスンニ派のビンラディンにとっては敵であり、イランは隣国アフガンの反タリバン勢力の一部を支援していた。ライスは元々はソ連、東欧問題が専門であり、ブッシュ周辺には中東やイスラム教への知識があるブレーンは一人もおらず、それを問題だとすら感じていなかった。
それまではカネ払いのいい慈善家というイメージをもたれがちだったビンラディンが一気に過激化したのはイラクによるクエート侵攻がきっかけだった。ビンラディンはサウジ政府こそがフセインを追い払うべきだと働きかけたが、サウジが行ったのはアメリカ軍と協力することだった。ここからビンラディンにとってはサウジ政府も敵であり、何よりも打ち倒すべきは聖地近くに基地を構えるという暴挙を行うアメリカとなった。後にブッシュ政権は、イラク戦争にあたってフセインとアルカイダのつながりを臭わせたが、これはイラクを攻撃するという結論ありきの方便だったとしても、あまりの無知を告白したのにも等しいものであろう。


ソ連はアフガニスタンという土地や人々を全く理解せずに、戦局は泥沼と化していく。マスードはソ連軍を襲うと、車両や兵器をバラバラに解体し、ロバの背に部品を乗せて険しい山道を持ち帰り、別の場所で組み立て直した。アメリカもアフガンを理解していなかった。CIA局員がマスード陣営のヘリに乗り込むと、機内の汚れはともかくとしてそのエンジン音が気になり始めた。まったく型の違うヘリのエンジンを積み替えていたのであった。いつ爆発してもおかしくない状況に、CIA局員は祈ることしかできなかった。CIAがビンラディンの所在の有力な手がかりを入手し、北部同盟にその情報を伝えると、マスードは刺客を放った。暗殺は許可されていなかったためにアメリカ側は慌てて作戦の中止を求めた。マスードの側近は「俺たちをなんだと思っているんだ。(米軍精鋭部隊の)第八二空挺部隊だとでも考えているのか? 彼らはもうロバに乗っているんだ。もう行っちゃったよ」と答えた。衛星電話も携帯無線も持たず、歩いてロケット砲発射地点まで向かい、ロケット砲を発射し、歩いて帰ってくるのであった。
これがアフガニスタンでの戦争だ。ソ連にも、そしてアメリカにも、この状況を正しく理解していた指導者はいなかったのである。

衛星写真や盗聴などの危機に頼った情報収集には限界がある。ヒューミントによる情報収集や組織へ浸透させての工作活動にしてもそうだ。スパイが万能であることは有り得ないし、たとえ有益な情報を入手しようともそれをきちんと評価し、政策に反映できなければ意味がない。失態の多いCIAだが、90年代前半から半ばにかけて抱いていた危惧は正しかったのだが、それを政治に結びつけることはできなかった。ソ連撤退以降アメリカは、アフガンへの関心を完全に失っていたのであった。



もちろんチャーリー・ウィルソンも登場するが、かなり辛辣に描かれている。




『ゼロ・ダーク・サーティ』はあくまでフィクションとして考えておくべきだろうが、その前日譚としても読むことができる。





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