『アップダイクと私   アップダイク・エッセイ傑作選』

ジョン・アップダイク著 『アップダイクと私  アップダイク・エッセイ傑作選』





編訳者である若島正さんの「解説」に、アップダイクが「職業的書評家として自分に課していた規律五項目」が紹介されている。

一 著者の狙いを理解しようとすること。著者が狙っていないことを達成できなかったからといってけなしてはいけない。 
二 作品の文章はどういうものか、読者が直接に評価できるように、一つは長めの引用を入れること。
三 いい加減な要約をする変わりに、どんな本かという記述を引用で裏打ちすること。
四 あらすじはそこそこにして、結末をばらさないこと。
五 対象本がいまいちだと思ったら、作者の同工異曲の作品でうまくいった例を挙げること。
 (p.279)

その他にも「体質的に嫌いだったり、友達付き合いで好きにならざるをえないような本の書評を引き受けない」「評判ではなく、本そのものを書評せよ」「けなして読むなと言うより、褒めてすすめること」などを補足している。
「アップダイクは書評を書き始めたときに念頭にあったのが、人文分野にはアマチュアリズムを繰り返し注入しなければならないという、ぼんやりとした思い」であり、「書評は高次のゴシップである」という言葉も残している(死後出版の評論Higher Gossipのタイトルはこの言葉から取られている)。

アップダイクはこのように膨大な書評を残しており、本書には村上春樹の『海辺のカフカ』や漱石、谷崎を含む書評も数多く収録されている。さらに自伝的回想や映画についてなど、エッセイストとしてのアップダイクの様々な姿を見ることのできる構成となっている。


アップダイクのエッセイで一番有名なのは、1960年に発表されたテッド・ウィリアムズの引退を描いた「ボストンファン、キッドにさよなら」かもしれない。恥ずかしながら未読であったのだが、確かに素晴らしいエッセイであった。メジャーリーグやアップダイクについての予備知識がなければ、あるいはフィリップ・ロスの『素晴らしいアメリカ野球』ばりの小説だと思ってしまったかもしれない(『素晴らしいアメリカ野球』は1973年の発表だが、このあたりの関係はどうなのだろう)。

「一九四六年、海兵隊のパイロットとして三年の軍務を終えたウィリアムズは、野球選手としての第二の姿、アキレウスの姿をまとう。比類なき武勇と美を兼ね備えていながら、トロイア軍(たいていはヤンキース)が船陣へと迫り来るさなかにも一人ふてくされて天幕にこもっている男。製材と採鉱で巨万の富を築いたヨーキーは、この至宝をチームの中心に据え、まわりに少しランクの落ちる宝石をちりばめた。ボビー・ドーア、ドム・ディマジオ、ルディ・ヨーク、バーディ・テベッツ、ジョニー・ペスキーといった面々である。四〇年代を通じて、レッドソックスは紙面上のベストチームであり続けたが、それに見合う三次元の結果を残すことはついにできず、これが悲劇だとすれば、ウィリアムズこそハムレットだった」(pp.145-146)。

と、こんな具合にこのエッセイを読んでいるとウィリアムズがあたかも神話の世界の住人であるかのように思えてしまう。

この後に、地元紙に載った「いつだってウィリアムズの記録ありきで、チームは二の次。ソックスがチャンピオンから遠ざかっている年月がそのことを如実に証明している」という批判記事が引用されている。ご存知の通りウィリアムズは「最後の四割打者」と呼ばれている。ウィキペディア情報なのであれだが、「亡くなる前の2002年のインタビューで、「次に打率4割を達成する打者は誰か」というインタビューに対し、「イチロー」と答えた」とのことであるが、上の記事はマリナーズ時代後半のイチローへの批判を思わせなくもない。イチローが引退する時にはアップダイクのこのような名エッセイを残す人はいるのだろうか。

ウィリアムズは引退試合でホームランを打ち、場内は凄まじい騒ぎとなる。チームメイトはもちろん審判までが「どうか出ていってどんな形でもいいからファンの声援に応えてくれと頼み込んだらしいのだが、彼はいやだと言ったそうだ。神々は手紙に返事を出したりはしないのである」(p.163)。
さすがのイチローもここまで偏屈ではないが。それにしてもウィリアムズの遺体がああいう運命を辿ったことを知ったうえで読むといろいろと複雑な思いにもかられてしまう。


文学的関心からいうと、ジョン・チーヴァーについてのエッセイが「本書の白眉であると言っていい」だろう。チーヴァーを知らない人でも、90年にチーヴァーの書簡集にアップダイクがある部分を発見してしまう件は思わず笑ってしまうかもしれない。チーヴァーは「アップダイクは、頭の切れる男だと承知しているが、去年の秋に私とロシアへ旅行したことがあり、私としてはどれほど金や手間がかかろうと、あいつと一緒になることだけはご免こうむりたい」と書いていたのだった。
アップダイクとチーヴァーは一緒に1964年にソ連に招かれたのだが、チーヴァーはこのようにアップダイクのことが虫が好かなかったようでボロクソに書いていて、それを読んだアップダイクがこうして紹介している。こういうのって読んでるほうは思わず笑ってしまうのだが、書かれた(おまけに刊行されてしまった)方はどういう気分なのだろう。


最近テッド・ウィリアムズの伝記が出版されて結構話題になっていますね。ニューヨーク・タイムズの書評はこちら。NPRでの著者インタビューはこちら



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佐藤太郎(仮)

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