恩知らずの死者たち

ジョン・アップダイクが敬愛していたジョン・チーヴァーの書簡集の中に、自分への罵詈雑言が書かれていたことを発見してしまうというエピソードが『アップダイクと私』に収録されているエッセイにあるが、マーティン・ジェイの『暴力の屈折』にも似たような話がある

ジェイといえばその『弁証法的想像力』はフランクフルト学派について学ぶうえでの必読文献である。そのジェイのもとにある日、「フランクフルト学派とドイツ学生運動の波瀾の関係を事細かに記録した」大部の本が贈られてきた。「ドイツ人がいまだに一九六八年の世代に強く魅了されていることを物語っている」、「単なる懐かしさを越えた強烈な再認の衝撃を与えるにちがいない」この本を、ジェイは高く評価する。しかしそこにはまた、恐ろしい事実も記録されていたのである。

ジェイは後に『弁証法的想像力』として出版されることになる博士論文の準備のため、69年にドイツを訪れる。その前にマルクーゼやフロムなどフランクフルト学派の中心人物へのインタビューを行っており、フランクフルトでついに社会研究所所長のアドルノにも話を聞くことができた。しかしアドルノへのインタビューは満足のいくものにはならなかった。学生との激しい論争や研究所が過激派に占拠されたりという状況にアドルノは苛立ちがつのっていた。インタビューが録音されることを拒み(「言葉の指紋」を残したくないという理由!)、有名な「マルクスは世界を巨大な救貧院にしたかったのだ」という発言を引き出せたとはいえ、ジェイは「その時のことにずっと失望感を抱き続けていた」。さらにインタビューの直後、アドルノは急逝してしまうのである。「私の書いた研究所の歴史に対する彼の反応を知ることはできな」いままになってしまった。

ジェイのもとに贈られてきた本には未公開の資料が多数含まれていた。そこにはアドルノの書簡も含まれている。マルクーゼに宛てたある手紙に、つけ足しのようにこうあったそうだ。
「あのジェイという男はじつに嫌な奴だ。それに、彼は嫌なこと(unheil)を正確に嗅ぎ出す本能を持ち合わせている。できるだけ軽くあしらった。今はモンターニュでマックスに嫌がらせをしているよ」。

「書かれてから三〇年が経過し、とうの昔に死んでしまった人物――しかも私がキャリアの半分を費やしてその知的遺産を世に広めてきた人物――によるこのこっぴどい中傷の言葉は、控えめに言ってもショックであった」(p.73)

さらに追い討ちをかけるように、ジェイはショーレムの遺稿の中に自分をけなしているものがあることを知ることになるのであった。
『暴力の屈折』に収録されているこのエッセイのタイトルは「恩知らずの死者たち」である。




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