『ある思想史家の回想』

ある本の中でアイザィア・バーリンがハンナ・アーレントについて語っている。

「彼女は深遠な哲学的ないし歴史学的思想について何の議論、何の証拠も提出していないと、思うからです。彼女の著作はすべて、いわば形而上学的な自由連想の流れです。彼女は一つの文章から次の文章へ、その間に何の論理的な関連もなく、また合理的なつながり、あるいは想像力によるつながりもなく移っていきます」(p.125)。

「最初に見た本は『全体主義の起源』でした。私は、彼女がナチスについて言っていたことは新しくはないが正しい、しかしロシア人のことについてはほとんど間違っていると思いました」(p。125)。


「――現実にハンナ・アレントは、ドイツの思想家から非常に大きな影響を受けています」という質問に対しては。

「それ以外の誰からも影響を受けていないようです。聞くところでは、彼女はハイデッガーとヤスパースから非常に大きな影響を受けました。しかし私は、彼女が言ったことで特にあっと驚くようなこと、思想を刺激したり、それに光を当てるようなことは、まだ発見していません」(p.127)。

『エルサレムのアイヒマン』にも触れ疑問を呈する。そして「私はショーレムに、何故ひとはミス・アレントを誉めるのかと尋ねましたが、彼の言うには、真面目な思想家は彼女を誉めてはいないし、彼女を誉めているのは「文人(literateurs)」だけだ、それは文人たちが思想に慣れていないからだとのことでした。アメリカ人にとっては、彼女はヨーロッパ大陸の思想を代表していました。しかし、本当に教養のある真面目な思想家は、誰でも彼女に我慢ならないのだと言っていました。ショーレムはそう考えていましたが、彼はアレントのことを一九二〇年代の初期から知っていたのです」(p.129)

そして『人間の条件』についても酷評しており、否定的というかボロクソである。僕自身はアーレントには今一つピンとこないものを感じているのだが、そういう人間からしてもここまで言うかという感じである。
バーリンもアーレントも共にユダヤ人であるが、バーリンははロシアからイギリスに、アーレントはドイツからフランスを経てアメリカに渡っているが、このあたりの影響もあるのだろうか。アーレントは当初はパレスチナに多民族国家を作ることを訴えていたが、イスラエルが建国されると批判は控え、晩年は対アラブ戦争に熱狂的といっていいほどの支持を与えてもいた。バーリンはこの本ではシャロンやベギンを批判しているとはいえ、そのイスラエル批判はやはり限界を感じさせるものともなっている。『エルサレムのアイヒマン』にはユダヤ人にとっては看過できないものがあると感じたユダヤ人が多かったのだが、バーリンのアーレント評もこのあたりも影響しているのかもしれない。このあたりのユダヤ系知識人の心理を単純化してしまうことには慎重であるべきなのだろうが。


さて、この本というのはI.バーリン / R.ジャハンベグロー著 『ある思想史家の回想』である。

1988年に行われたジャハンベグローによるアイザィア・バーリンへのインタビュー。バーリンの生い立ちや革命後のロシア、イギリス移住などの伝記的な部分も興味深いが、本書は何よりも「バーリンによるバーリン入門」として読むことができる。なお聞き手のジャハンベグローもその後なかなかすごい人生を歩んいる(こちらを参照)。


すでに絶版のようなので以下個人的メモを兼ねてだらだらと引用を。


「(サン-シモン、ブルクハルト、マルクス、レーニン、トロツキーといった)これらの予言者たちが誰一人として予言しなかったのは、今日の全地球でのナショナリズムの勃興です。あるいは宗教的熱狂主義の勃興です。これは現代世界のもっとも強力な要因の一つです。このような現象は、一九世紀には消滅しつつあると考えられていたのです。ナショナリズムはたしかにそう考えられていました。それが西欧以外で存在しているとは誰も想像していなかったのです。(中略)ヴィーコやヘルダーの著作で私が価値があると思うのは、人類史にとって固有なものといての文化の多様性という考えそのものです。歴史は直線で進まない、さまざまな文化の間には相互作用があり、時にはそれは因果関係にもなるでしょうが、未来や過去の秘密を解く唯一の鍵といったものはない――こういた考えです」(p.60)。


そしてナチを「気狂い」や「精神病的事例」だとしてしまうことにも警鐘を鳴らしている。「下級人間(ウンターメンシェン)」がいるという命題を「まるっきりの嘘で、経験的な偽りであり、ナンセンスであること」は証明できる。しかし「誰かからそう言われたために、そしてそう説明している人を信頼したためにそれを信じたならば、きわめて合理的な意味でユダヤ人を絶滅することが必要だと信じる心境に到達」してしまうのだと。

「思考力のある人を気狂いだとか病理的だとか言う時には、注意しなければならないと思います。迫害は正気でもやれるのです。それは、ケタ外れの虚偽の信念を真実と信じ込むことからだけ発生します。そして言語に絶する結末にまでいたるのです。熱狂的な人々が害をなすのを防ぎたいと思うならば、彼らの信念の心理的なルーツだけでなく知的なルーツまで理解しなければなりません。彼らが間違っていることを彼らに向かって説明しなければならないのです。それに失敗すれば、彼らと戦争しなければならなくなるでしょう」(pp.63-63)。


バーリンといえば「積極的自由」と「消極的自由」であり、「積極的自由」を擁護する側からはバーリンが「消極的自由」を擁護しているという批判があるが、これらについてはこう語っている。

「二つの別々の問題があります。一つは、「私にはいくつのドアが開いているか」。もう一つは、「誰がここの責任者か、誰が管理しているのか」です。この二つの問題はからみ合っているが、同じ問題ではありません。別の答えを必要としているのです。私にはいくつのドアが開いているか。消極的自由の範囲という問題は、私の前にどのような障害があるかにかかっています。他の人々によって――故意にか間接的にか、意図的でなく制度的にか――私が何をするのを妨害されているのかという問題です。もう一つの方の問題は、「誰が私を統治しているのか、他の人が私を統治しているのか、それとも自分が統治しているのか。もし他の人が統治しているとすれば、いかなる権利、いかなる権威によってか。もし私が自己支配、自治の権利を持っているとすれば、私はこの権利を失うことができるのか、放棄できるのか。また取り返せるのか。どのようにしてか。誰が法を作るのか、あるいは誰がそれを執行するのか。私は協議に参加できるのか。多数が統治しているのか。何故そうなのか。それとも神が、聖職者が、政党が統治しているのか。それとも世論の圧力なのか。伝統の圧力なのか。いかなる権威によってか。」それは別の問題です。両方の問題、それに付随する問題は、それぞれに中心的な問題、正統な問題です。両方に答えなければなりません。私は積極的自由に反対して消極的な自由を擁護し、消極的自由の方が文明社会に相応しいと主張したという嫌疑をかけられていますが、その理由は唯一つ、積極的自由という観念――もちろん、まともな生存のためには本質的に必要なものです――の方が消極的自由の観念よりも悪用ないし歪曲されることが多かったという理由です。二つとも真の問題であり、避ける訳にはいきません。そして、この二つの問題にたいする答が社会の性質――それが自由主義的か権威主義的か、民主的か専制的か、世俗的か神政的か、個人主義的か共同主義的か等々を規定します。二つの自由の概念は、政治的、道徳的にねじ曲げられて逆のものに変えられてきました」(pp.66-67)。

「資本家にとっての無制限の自由は労働者の自由を破壊し、鉱山所有者や親の無制限の自由は子供を鉱山労働に使うのを許すでしょう。弱者を強者にたいして守らねばならないし、その限りで自由を制限しなければならない、これは確実なことです。積極的自由を充分に実現しなければならないとすれば、消極的自由を制限しなければなりません。この二つの間のバランスがなければなりませんが、このバランスについて明確な原理を打ち出すことはできません。積極的自由、消極的自由は、ともに有効な概念ですが、歴史的に見て現代世界ではインチキ積極的自由の方がインチキ消極的自由よりも大きな損害をもたらしてきました。それについては、もちろん反論もあるでしょう。私が大いに尊敬している思想家の一人にバンジャマン・コンスタンがいます。彼の「近代の自由との比較における古代の自由について」という論文の中での、二つの種類の自由についての議論は、私の知っているかぎりこの論点のもっともよい議論の一つです」(p.68)

「アッネリ賞授与の時の私の聴衆にたいする話は、人間の問題にたいする単一で最終的普遍的解決を追求しようとするのは妄想だということを論じようとしたものでした。追求しがいのある理想は数多くありますが、そのうちいくつかは互いに両立しません。(中略)私自身の理想は何かという質問には、控え目な答を出せるだけです。私は、完璧な生活についての熱狂的な革新が政治・軍事権力と提携すれば、これほど人間生活に破壊をもたらすものはないと信じています。私は、最低限の品位を備えた社会を実現するために働きたいと思います。その社会を超えてもっと広い社会にまでいければ、いっそうよいことです。しかし、最低限の品位にも達しない国が、いくつもあるのです」(p.76)


バーリンが「消極的自由」、あるいは保守主義の単純な支持者であったわけではないことは以下からもわかる。

「財産にたいする無制限の自然権は神聖であるという考え――バークとフランスの革命家たちはともにそう信じていたと思います――は、私自身は承認できないと思っています。今日の世界では、われわれは私有財産は最小限度の個人の自由を守るために欠くべからざるものと見ていますが――マルクス主義体制がこのことを教えてくれました――、しかしおそらく私も、今日生きている大部分の人々も、資本主義体制のために死ぬ覚悟はないでしょう。その意味では、われわれはジロンド派とジャコバン・クラブ両方の原理を超えて進んでいるのです」(pp.114-115)。

そしてバーリンはトマス・ペインのバークについての次の言葉を引用している。「彼は羽根を賛美するが、鳥のことは忘れている」。そしてこの言葉には、「そこにも真理があります」としている。「フランスの旧体制は、私にとって特に魅力のある存在ではありません。ルイ十五世の体制は、例えばルイ・フィリップの体制や第三共和制よりましなようには思えません。生まれのよい金持ちの人々が旧体制を楽しんだのであって、貧しい人々の惨めさはひどいものでした。後の時期よりもはるかにひどかったのです。」(p.115)

ジャハンベグローが「しかし哲学的に言えば、あなた自身はバークの方に近い、それともトマス・ペインの方に近いと感じていますか」と訊くとこう答えている。

「どちらでもありません。私はコンドルセに近いと感じています。彼は時にはあまりに単純で、政治的にあまりに素朴でしたが。彼は、一切の問題は科学的方法を応用して答えることができると言いました。計算(calculemus)が彼の方程式だったのです。しかしそれは違うでしょう。人間の目的はお互いに対立し、いかに多くの計算をやったとしても、苦痛に満ちた選択と不完全な解決を避けることはできません。それでも彼の『人間精神発達史』は深い感動をよぶ注目すべき本です。そして彼の言っていることの多くは新しく、真実で、重要なのです。これ以上のことを誰かから望むことができるでしょうか?」(p.116)。


最後に理性についての会話から。人権と自然権については屈折した言い方になっている。このあたりは政治理論と現実の歴史の体験からくる心理との間での屈折なのかもしれない。

「――しかし、他の何らかの政治体制よりも民主主義の方を選ぶ根拠は何でしょうか。
バーリン それが、人権にたいする信念に基づいているからです。
――でもそれは普遍的でしょう。
バーリン もちろんです。しかし、それは合理的な洞察にもとづいてはいません。何故われわれは人権を信じるのかと問われるならば、私はこう答えることができます。それが唯一の品位ある生き方、むしろ人々が互いに一緒に生きていくうえでの辛抱できる生き方だからというのが、私の答です。「品位のある(デーセント)」とは何かと問われるならば、私はこう言いましょう。それは、人間が互いに殺し合ってはならないとすれば、人間が従うべき唯一の生き方であると。このようなことは一般的真理です。しかしこのことは、何か一定普遍のことを前提にはしていません。何についても変化しないという保障をすることは、私にはできません。
――しかし、人権について語っている時には、あなたは自然権について語っており、自然権は先験的なものです。
バーリン もちろんです。だから私は、それを否定するのです。
――しかしあなたは、人権は否定しない?
バーリン しません。私は自然権を列挙している先験的なリストを否定します。私は、人権を熱烈に信じます。これは、それ以外のわれわれすべてが認めている多くのことから生じる結論ですが、それは先験的であることを証明できます。私は人間の活動について一般原則があり、それがなければ最低限の品位ある社会はあり得ないということは、否定しません。私がどんな意味で「品位のある」と言っているかは、尋ねないで下さい。品位のあるとは、品位のあるということです――それが何かは、誰でも知っています。しかし、いつの日にかわれわれは違った文化を持つだろうとあなたが言われるなら、私はその逆が真でsることは証明できません。
――したがってあなたは、政治哲学は「完全な理性」といったものには近づけないと考えるのですね?
バーリン 永遠の原理についての直接的に非経験的な知識、直感、内省といったものがあるとは、私は思いません。それがあるという普遍的な人間の信念があるだけです。」 (pp.170-171)




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