『親衛隊士の日』

ウラジミール・ソローキン著 『親衛隊士の日』





舞台は専制君主が独裁支配を行う近未来のロシア。ヨーロッパとの間には「大壁」が築かれ、中国が重要なパートナーになり、文化にも侵食している。このロシアの秩序維持にあたるのが「親衛隊(オプリーチニク)」である。


SF風味の近未来小説という点では『青い脂』と重なるところがあるが、『親衛隊士の日』の方がよりオーソドックスな小説となっており、これまで訳されたソローキンの作品の中では一番とっつきやすいだろう。「訳者あとがき」に、2006年に発表された『三部作』に「ストーリーがある」ことが驚かれたとあるが、その翌年に発表された本作もまたストーリーがしっかりとある。

「訳者あとがき」で引用されているインタビューでソローキンは、「もちろん、これは現在に関する本です。不幸なことに、現在のことを描くには風刺という道具を用いるしかないのです」と語っている。
一般に「近未来ディストピア小説」はオーウェルの『1984年』に代表されるように、まさに「現在」を風刺的に描くものだ。プーチン政権下で強権的色彩が濃くなっていくロシアの風刺であることは明らかであり、この点でも「オーソドックス」なものだとすることもできるだろう。

「物語」そのものを破壊するかのような前衛的な作風だったのがこのように読みやすくなったのは、ソローキンが「保守化」したせいなのかといえばそうではないだろう。ソローキンはまた「我々は今もなおイワン雷帝によって作られた国に住んでいるのです」と言う。「オプリーチニク」はイワン雷帝の「直属の親衛隊」であった。日本の明治維新が擬似王政復古だったように、ナショナリズムの涵養にはしばしば「創られた伝統」が用いられる。また一方で、このような権力によって恣意的に利用される「歴史」への抵抗として歴史を武器にすることもできる。ソローキンがロシアの近未来をロシアの負の歴史とを重ね合わせることでそれを揶揄的に描くというのは、まさに抵抗の武器としての歴史の使い方だろう。

ソローキンはもともとは「十九世紀ロシアのリアリズム文学やソ連の社会主義リアリズム文学の世界をアブノーマルな性や暴力の描写と結びつける過激な手法」で知られていた(「訳者あとがき」)。僕自身もソローキンの名を初めて意識したのは「ドストエフスキー・トリップ」の内容紹介をどこかで目にしてのことだったと思うが、このようにソローキンはロシア(文学)の伝統と(ある意味では)深く結びついている作家でもある。ソ連時代の80年代から90年代ロシアにおいては、このようなロシア文学の伝統を倒錯的に転倒させることが十分に挑発的であったが、ソローキンがストーリーテリングを重視するようになったのは、ロシアの歴史と向き合うことが現在への挑発であり挑戦になるという(不幸な)時代的背景もあるのだろう。

歴史改変小説、あるいは「近未来」を舞台に歴史をパロディ化するという手法は世界的によく用いられるものである。しかしまた、ソローキンの作品の特徴であり魅力であるのは、そこに紛れも無く刻印されている「ロシア」という存在だろう。もちろん我々は好むと好まざると、肯定的か否定的かに関わらず、母国(語)の文化圏、あるいは歴史の頚木から逃れることはできないのだが、とりわけ「ロシア」というものはその磁力が強いという印象がある。ソローキンはデビューした頃から上記の通りその「ロシア」性というものを受け止めるということを自覚的に意識していたのであろうし、この作品でも意識的に「ロシア(文学)の伝統」を導入しようとしているのであろう。

しかしそこはまたソローキンのこと、「歴史」と化したことだけではなく、現在進行形の人物や出来事も取り込んでいる。そしてイケメンであることがイメージダウンになる(?)ソローキンらしく、「ウンコチンコ」レベルの小学生めいた下ネタも健在だ。「親衛隊の陰囊はすべて中国の練達の医師によって新たにされ」、「陰囊から光が流れ出す」!! 「えんやさぁぁぁぁぁぁ!!!」の絶叫は爆笑せずにはいられない。

もちろん性描写、とりわけ同性愛描写というのは、同性愛への弾圧を強める現在のロシアではそれだけで挑発的なことでもある。またそれだけではなく、江川卓氏はドストエフスキー作品に見え隠れする鞭身派の存在をよく取り上げていたが、『親衛隊士の日』におけるマゾヒスティックな同性愛描写というのはそのあたりをもふまえているのだろうか。

僕はロシアについて詳しくはないもので、この作品を読んでも、溢れかえる歴史的、文学的ほのめかしについてはお手あげ状態なのだが、それでもこの小説を読んでいると「ロシアだなあ」と感じてしまうし、作風が変化しようとも、ソローキンはソローキンなのだということも再確認させてくれるようでもあった。




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佐藤太郎(仮)

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