『孤独の要塞』

ジョナサン・レセム著『孤独の要塞』




ちょっときっかけがあって読んでみました。
レセムの著作を読むのはこれが始めて。

本作はレセムの半自伝的小説。
主に70年代のブルックリンを舞台に描かれる
「成長小説」である。

普通「成長小説」とは無垢、あるいは無知な主人公が
世界/社会の暴力や「秩序」や不合理にさらされながら
それを乗り越えたり、あるいは押しつぶされたりするものである。

本書はディラン・エブダスの五歳のときの二つのトラウマ体験から語られる。
一つは子猫を誤って踏み(おそらくは)殺してしまったこと。
もう一つは、外で遊ぶのを待っている子がいると言われ、
白人の少女を期待してしまったことである
(実際に待っていたのは黒人の女の子)。

これは主人公があらかじめ暴力の加害者であることを暗示している。
この時代、最早無垢に、そしてブルックリンではのんきに過ごすことなど
容易なことではないのである。

新元良一氏が解説でも触れているように、
70年代の、それもニューヨークで過ごすことは
あまりぱっとする体験ではないのかもしれない。
60年代の理想主義はついえ、80年代のヤッピーの時代もまだ遠い。

本書の大きなテーマが人種問題であるが、
おりしも理想主義的「メルティングポット」(全て溶け合う)から
妥協的「サラダボウル」(違いを保ったまま共存する)へと移行する時代でもある。

ディランは「あえて」公立学校に行かされる
(そこでは白人は全校生徒中二人だけ)など
60年代の残滓と70年代の現実の中で翻弄される。

『孤独の要塞』THE Fortress of Solitude
というとなんだかポール・オースターの『孤独の発明』や
なにやら哲学的含意というものを想像してしうかもしれないが、
実はこれ、スーパーマンの秘密基地の名前なのである。

ここから想像できるよう、アメコミやパルプというものも
大事なモチーフとなる。
「グラフィティ」(落書きですね)、そして時代はヒッピーからパンクへ。
個人的に僕はニューヨーク・パンクなどが大好きなので
この時代のニューヨークのある種のやさぐれ感なども
興味深かった。

ある事情で「指輪」を手にし、登場する「エアロマン」。
子ども時代から青年時代へ、ディランは決してうまく
移行することはできなかった。
無理やりにケリをつけるような不幸な事件が起こり……

ここまでは良かったんだけど、この後というのは
若干蛇足気味だったかも。
でもまぁやっぱり青春小説、あるいは反「成長小説」
(実はアメリカ文学はこういうフォーマットが多い。
そういえばディランの母親ってなんだかサリンジャーの
『ナイン・ストーリーズ』収録の「小船のほとり」のブーブーに
少しダブるようにも思える)としても面白いし
70年代あたりのニューヨークあたりの文化状況などに興味がある人も
楽しめるでしょう。

翻訳で気になったところといえば
架空の物も含めていろんな曲名が出てくるんだけど
この多くがカタカナ表記になっていること。
カタカナだとかえって意味とか何なのかよくわかんなくなっちゃうんで
直訳して括弧かルビでアルファベットとかにしたほうが良かったような。

あと結構有名な人名や出来事に注が付されてるかと思えばマイナーな人とかには
あったりなかったりと。なんか基準があったのだろうか。
こういうのは村上春樹が趣味的に膨大な注をつけた
『ニュークリア・エイジ』並みとまではいかなくとも
注はやりすぎなくらい充実してくれたほうが個人的にはいいかなぁ。

追記
本書はNYパンクについての小説ではありませんのであしからず。
CBGBもちょこっとしか出てこないし。
以下の動画は勢いで貼っつけてしまっただけです。

CBGB's のドキュメンタリーだ。
ニューヨークったらなんたってここだべさ。





NYでじゃないけど76年のパティ・スミス



テレヴィジョンのヘルが在籍してるときの映像ってあんまないんだよなぁ
























プロフィール

佐藤太郎(仮)

Author:佐藤太郎(仮)
shopliftersunionあっとhotmail.co.jp

最新記事
月別アーカイブ
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
カテゴリ
twitter
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR