『父フロイトとその時代』

マルティン・フロイト著 『父フロイトとその時代』




著者名とタイトルからもわかる通り、ジークムント・フロイトの息子による回想録である。フロイト家についてというよりはマルティン個人の回想という部分も多く、ジークムントにしか興味がないという人にはややストレスを感じるものかもしれないが、19世紀末から20世紀にかけてのオーストリアの世俗的ユダヤ人ブルジョアの生活が、反ユダヤ主義の高まり、そしてナチスによって危機にさらされていく過程を描いたものとしてもなかなか興味深い。

とはいえやはり一番の注目は家族のみが知るフロイトの素顔である。
当時のことであるから、フロイトは子どもたちにベタベタとした接し方をしたのではなかったが、それでも「父は僕たちが当時想像していたよりもはるかに僕たちのことを見ていた。明らかに、僕たちの子供っぽい行動を大きな喜びをもって見守っていたのである。三ヶ月も続く夏休みの間、フロイト家の子供たちは父親をつかめて離さなかった。そんなとき父は、仕事上の心配事はすべて忘れて笑い、いかにも満足そうだった」のである(p.36)。

マルティンは他の兄弟姉妹と違って、なかなか進路を明確に描くことができなかった。ようやく法律を学び始めると、密かに子どもに法律家になってほしいと願っていたフロイトは喜んだのだが、マルティンはすぐに勉強に飽きてしまう。
「僕が、始めたばかりの勉強が退屈でうんざりすると言うと、父は同意してくれた。しかし一方でこう言った。いつかきっとすばらしい人間性を備えた先生に、ひょっとすると天才に出会うことだろう。そうなったらその先生の講義が面白くなり、没頭するようになるよ」(p.222)。

「国際的に知られるようになったときから、父は一生のあいだひっきりなしに写真を撮られ、その写真は焼き増しされて全世界に配られた。そうした写真を撮るとき、父は僕たち子供が「写真顔」と名づけた表情をした――それはかなり真剣で厳しい顔つきであり、厳しくも取り澄ましてもいないやさいい愛すべき面など、ほんの一瞬たりとも見せなかった。このポーズをとった写真しか知らないなら、世界は父をそう見るほかないのであるが。ジークムント・フロイトはじつにやさいいおじいちゃんであり、孫の一人か二人といっしょに写った写真では、いつも本当の性格があらわれ出ている」(p.265)とあるが、本書の記述を読む限り、孫だけでなくマルティンをはじめとする子どもたちに対しても、当時の規準からするとかなり甘かったような印象さえ受ける。

それだけに「占星術師」事件にはマルティンは肝を冷やしたことだろう。
フロイトのもとには様々な手紙が舞い込んでくるが、中でも「占星術師にして精神分析家」からは数週間に渡って定期的に手紙が届いていた。明らかに変人からのこの手紙を、フロイトは毎回「返事は無用!」と言って処分し、いつしかこの「占星術師にして精神分析家」の存在はジョークのようになっていった。マルティンはお手伝いのパウラと示し合わせて、劇場のメイク係りの手を借りて白髪に長い髭の老人に変装し、「占星術師にして精神分析家」がやって来たふりをして父親を驚かそうとした。フロイトは「なんてことだ。この方は家に入れないでくれ!」と言って、すっかり腹を立てた眼をしてにらみつけた。犬が騒がないことから末娘のアンナが「パパ、これマルティンよ!」と気づき、「誰もがいっせいに大声で笑い出し、張り詰めていた空気は解けた」のであったが、父のにらみつける眼は「僕にとってショックで、僕は心底ふるえ上がったのであった」(p.280)。

フロイト家といえば犬にばかり眼がいってしまうようになってしまったのだが、本書ではフロイトの可愛がったチャウチャウ犬ではなく、アンナの飼っていたシェパードのヴォルフについてのこんなエピソードもある。ヴォルフは「驚くほど頭が良い犬で、しつけがよくなんでも言うことをきいた。ある朝アンナが散歩に連れていくと、近くで訓練していた兵隊が空に向けて発砲した。ヴォルフはすっかり驚いて、矢のような速さでどこへともなく走り去ってしまい、アンナは途方にくれて」しまった。アンナは名前を呼びながら探し回ったが見つからず、仕方なく家に帰ると、「ヴォルフは大喜びで出迎えた。一足先にタクシーで家に帰っていたのだった」。
どういうことかというと、銃声に驚いたヴォルフはタクシーに飛び乗り、運転手がいくら降ろそうとしても「最後まで礼儀正しく抵抗し」、「そして首を上に伸ばして、首輪についているメダル型の名札を運転手に見せようとした。そこには名前と住所が書いてあったからだ。運転手が自分の意図をなかなか理解できなかったので、ヴォルフはかなり血のめぐりの悪い男だと思ったことだろう。とにかくそこにははっきりと、「ベルクガッセ十九番地、大学教授・フロイト」と書いてあった」(p.264)。


ジークムントとは関係ないが、こんなエピソードもちょっと気になってしまった。
マルティンは登山が趣味で、友人とその兄と三人で氷に覆われた山に挑んだ。三人はロープでつながれており、マルティンは落石と落氷の危険に気づいて「急げ!」と叫んだ。「僕の指示は効果なしだった。兄さんは杖にもたれかかり、ピンと張ったロープの下をごそごそやってポケットに手を入れると、そこからなにやら取り出した。なんとサンドウィッチだった。それを友人の兄は涼しい顔で食べ始めたのだ。僕は奴に向かって怒鳴った。気でも狂ったのか。しかし、友人は謝りながら説明した。兄には突発的に激しい空腹を覚える持病があって、その発作が起きたらとにかくハム・サンドウィッチを食べるしかないのだという。どうしようもなかった。いつ襲ってくるかもしれない危険を三人で共有しつつ、奴が食べ終わるのを待つしかなかった」(pp.70-71)。

それにしてもこの「発作」とはいったいなんなのだろうか。糖尿病か低血糖症のような気がするが、この発作を鎮めるのにハム・サンド限定なのだろうか。インスリン投与が行われるようになるのは多分このもう少し後になってからなので、経験的にハム・サンドを食べたらおさまったので、とりあえずやばくなったらハム・サンドという感じになったのだろうか。
落氷におびえながらハム・サンドウィッチをパクつく友人の兄を呆然と見つめるというのはまるでコントのようで思わず笑ってしまったのだが、原因不明の謎の発作ということだったのだとしたら、このお兄さんもさぞ恐ろしかったことだろうが。
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佐藤太郎(仮)

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