『狂気について』その2

渡辺一夫著 大江健三郎・清水徹編 『渡辺一夫評論選 狂気について』





その1の続き。

渡辺といえば軽妙洒脱なユーモアでも知られるが、1955年に書かれた「本を読みながら」は本好きにはたまらないエッセイになっている。

渡辺はフランス語の古文の本を睨んだまま、1ページも進めなくなってしまったところから、回想へと移る。
大学の文科に入りたくなったのだが、そのことを告げると両親は「非常に暗い顔」をし、「親戚会議めいたものまで開かれたらしい」が、結局「文士にならぬこと」という条件がつけられたものの許された。「僕は文学少年ではあったが、もちろん文士になる素質が自分にあるとは思っていなかったので、右のような条件は、少しも苦痛ではなかった。その当時の僕は、文科へ行くということを、次のような人間になる第一歩と考えていたようである。即ち、一生好きな本を――主として文芸書を――読みながら、静かに世の中の片隅で暮らす第一歩という風に。金持ちでもない家に生まれつつも、衣食には不自由せず、大学にまで通わせてもらえることになった僕が、将来、いかにして生活をしてゆくものかというようなことは少しも考えずに、贅沢きわまる夢を抱いていたことになる。滑稽・可憐であった」(p.236)。
文科行きを許され、あらためて両親に例を述べ、渡辺は「一生本を読んでいます」と宣言した。父は「左様、そりゃ理想的だね。もし、そうできたならばな……」と「何とも言いようもない渋い顔をし」、母は「そうは行きませんよ。生活は自分でたててゆかなければ……」と答えたのであった。

これは1920年代の話であるのだが、現在でも自らの意思で人文系に進んだ人にとっては、他人事ではないというか耳が痛いという話ではないだろうか(ええ、耳がキンキン痛みますとも!)。


1950年代になり、今度は渡辺の息子が大学進学の時期を迎えることになるが、すると「僕は一生釣をしていればいいのだ」と言い始めるのであった。
渡辺は「狡猾にも」こう答えた。「そりゃ結構だな。しかし、釣だけをしていても食えないし、ね。(……)釣と両立するような勉強もするんだな。例えば、地理学とか生物学とかをね。僕らは君より先に死ぬのだから、それも考えてもらいたい。僕らが生きている間は、釣竿も買ってやるし、餌代も出してやるし、釣船の費用も払ってやるよ。その後は、釣の副業としてやっている仕事――例えば地理学や生物学……などで稼いだ金でまかなってもらいたいな」(pp.237-238)。
こう言われた息子は、「僕の顔をじっと見つめていたが、僕の顔はきっと、狸か狐の面に見えたことだろう。しかもせっぱつまった悲しい狐狸の面」。
そして「ああもっとよく考えて生活し、「子孫のために美田を買い」、息子が一生釣をしてぶらぶらしていてもいいようにしてやりたかったと、甘チャンオヤジらしい、愚にもつかぬことを考えて」しまったそうだが、これは渡辺のかつての、そして「一生本を読んでぶらぶら」する生活に憧れたことのある人の気持ちでもあろう。

といっても、この息子とはおそらく渡辺格のことであろうが、結局は東大に進学し日航に就職、釣りや犬についての本を執筆、翻訳しているということを知ると、「全然ボンクラじゃないじゃん!」とちょっと複雑な気分にもなるのだが。


さて、なぜ1ページも進めなかったのかというと、詳細な注解のあるその本に、ラテン語の引用があり、それが理解できないことには先に行けないのであるが、歯が立たなかったのであった。翌日にK教授に質問しようと思っていたところ、注で言及されていたBという本が書架にあったのでふと手にしてみると、そこには同じラテン語の引用文があり、そればかりか渡辺自身によるフランス語訳まで書きつけてあったのである。「己は昔この本から、一体何を読みとっていたのだろうか?」と自分に問いかけざるを得なかった。「昔読んだことを全く忘れているのである。読まないのと全く同じ結果になっているのである。僕は、ペンを棄て、机の周囲に重ねられた書物を一わたり眺めながら、何ともいえぬ白々した気持と不安に襲われた」(p.239)。

僕もついこの間、「む、この本前に読んだことがあるではないか」ということに30ページ近く読み進めてからようやく気づくということがあったのだが、このような愕然とした気持ちはこれから年を重ねるごとに数多く出くわすことになるのだろう……


渡辺はここで一服し、気分転換に「書きかけたこの雑文を書き続ける」のである。

「大学へはいりたてに自らに誓ったことは、和書洋書いずれでもよいから、一日に二冊ずつ読むということであった。しかし、それは一日目から実行できなかった。しかたなく、一日に一冊というふうに方針をあらたね、一週間ほど続けてみたが、それもだんだん不可能になってきた。一週に一冊というような惨憺たる結果もまれではなくなってきた。しかもそれあ、活動(映画)を見たり、音楽界へ行ったり、友人とだべったりすることを全部禁止した場合にも起こってきた。つまり、辞典を引いてよく考え、更に先生や友人に質問しなければ、一行も先へは進まれぬ本が後から続々と現れ出てきたからである。(……)一日に一冊読むと、一年に三百六十五冊、十年で三千六百五十冊、二十年で七千三百冊読める。よく考えてみると、大した冊数ではないにしても、専門のフランス文学語学の本は、かなり読めるようになるわけだと、初めぼんやり考えていた僕は、正にぼんやりしていたわけである。一週間に一冊しか本が読めぬようなことがたびたび重なると、何とも言えぬやきもきした気持になり、さらに、あきらめが、心を慰撫するようになった。そして、こういう時には、「本だけ読んでいたって、真実はつかめない」などという言訳けめいた考えが、頭をかすめるようにもなってきた。それと同時に、人間というものは、自分の行動を弁護するためには、実に多くの口実を考え出すものであるというようなことにも気がつき、苦笑もした」(pp.240-241)。

と、このあたりも身に覚えのある人多数であろう。
四方田犬彦の『先生とわたし』に、由良君美がどんなに酔って家に帰っても洋書の目次だけでも目を通すようにしろと言ったというような話があったような気がする。確か広松渉は毎日最低でも(!)欧語文献を300ページは読むようにしていたというエピソードもあったように思う(どちらも記憶が怪しいもので、間違っていたらごめんなさい)。こういう話を聞くと「よ~し、俺も」と腕まくりまではするものの、初日に「無理なものは無理!」となってしまうのですよね。


休憩を終えフランス古文に戻り、「四、五行を征服」したのであるが、またラテン語の註に出くわし、「強迫観念」にとりつかれる。
「今強迫観念と記したが、ラテン語の註を見て恐怖したためではなく、僕自身がBという本を、読まないのに等しいような読み方をしていたために、前に記したような滑稽で悲惨な目に会ってしまったからでもある。学生の時に、一日一冊読むことをきめて実行できず、しかも、読んだはずの本の内容を忘れてしまい、読まなかったのと全く等しい結果になっていたとしたら、一体どういうことになるのであろう?」(p.242)。

昔読んだ本を読み返してみると、アンダーラインや感想めいたことをしたためていたりする。昔の読み取り方がわかり、昔も同じ読み方をしているものもあれば、全然違った読みをしているところもある。またその時には読み落としたものを発見することもある。これは「ちょっとばかり、困ったことでもある。なぜならば、一冊の本は、確実に一冊の本であるのに、僕自身の問題や関心が次から次へと変り、量を増しあるいは減じていゆくとすれば、その一冊の本を読む度毎に感銘は異なるわけであり、いつまでたっても、一冊の本は、新しく読む本となり続けるからである。こうした妙なことを考えている僕は、もしかしたら幸福なのかもしれない。何回同じ本を読んでも、常に新しい発見にぶつかる可能性があるのであるから」(p.244)。

休息としての雑文書きにひとくぎりつけ、「ちょっとばかり強迫観念に捕らわれたまま放置したラテン語の註に齧りつ」こうとし、「このフランス古文の頁の余白には、今日の「出来事」を暗示するようなラテン語の格言か何かを記すことに」する。
「昔の夢は、跡形もなく消え去っている。いま僕は、この雑文を終わろうとしている。そして、傍らに開かれたフランス古文の頁の下に記されたラテン語の註を横目で見ている。僕は、自分自身に言いきかせる。あの註をともかくも読むがよい。新しい、別な夢があすこに宿っているのだと」(pp.245-246)。

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佐藤太郎(仮)

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