村上春樹の批評的翻訳

サリンジャーの意向によって「訳者あとがき」等を収録することができないため、『フラニーとズーイ』について村上春樹は新潮社のサイトで「特別エッセイ」を公開している(こちら)。なお文庫本を手にできたが、これは小冊子の形で挟まれていた。こちらはやや短くされており、ネットにあげられている方が全文となっている。


さて、このエッセイは村上春樹のファンにとっては思わずにんまりとしてしまう部分が多い。例えばこの箇所。

「僕はこの『ズーイ』部分の文章的圧倒性は、『キャッチャー』のあのわくわくする新鮮な文体にじゅうぶん匹敵する力を持ったものであると思っている。『キャッチャー』の文体ももちろん魅力的でパワフルだが、これは最初から最後まで一人称のヴォイスで語られており、小説的技巧としてはよりシンプルだ。しかし『ズーイ』はストイックなまでに三人称で書かれている。そこに『ズーイ』の小説的面白さがあるし、サリンジャーの作家としての野心もある。今更『キャッチャー』と同じことはしたくない、という彼の矜持のようなものもうかがえる。そしてその彼の意図は見事に成功している。」

村上が一人称から三人称の「ヴォイス」を獲得するために苦闘をした(している)ことを知っている読者にとっては、「これって自分のことを言おうとしてない?」と思ってしまうだろう。

そしてここはどうだろうか。

「これはあくまでも僕の個人的意見だが、『フラニー』という作品には、サリンジャーがどことなく自分の作家としてのポジションを決めかねている印象がうかがえる。サリンジャーにはお洒落で知的な「ニューヨーカー」風の人気作家であり続けたいという思いと共に(その雑誌が払ってくれる高い原稿料は、彼にとっては大事な収入だった)、より真摯で、より大柄な作家になりたいという思いもあった。『フラニー』は言うなれば、その中間地点から生まれた作品であるように見受けられる。作家はまだ両方向に目を向けている。しかしそのような彼の迷いは、決してこの小説の瑕疵とはなっていない。むしろここでは、その微妙な「揺れ」がチャーミングな魅力となって機能している。しかしその続編『ズーイ』に取りかかった段階では、サリンジャーは既にはっきり心を定めていたようだ。一連の文学的成功のあと、彼は自分の才能に確かな自信を持ち、より意欲的で真摯な小説へと、自分の魂に正直な小説へと、歩を向けていくことになる。」

「お洒落で知的」な「人気作家」が「より真摯で、より大柄な作家になりたいと思」っていたとするあたりも、「サリンジャー」を「村上春樹」に置き換えたくなってくる。


村上春樹は作風を変えることによって数度に渡って読者の振り落としを行っている。デビューから1980年代半ばまで熱心なファンであった人が『ノルウェイの森』あたりで離れたというケースは結構あった。その後も長編を出すごとに肯定的評価から否定的評価に転じたという例はよく見受けられる。
村上が80年代半ばまでの作風を保ちつつ、うまい具合に「枯れた」味わいを獲得していくことを願っていたファンは多いだろうし、正直にいうならば僕自身もそういった気持ちにならなかったかといえば嘘になる。ではなぜ村上は作風を変えていったのだろうか。これは明らかに意図的なもので、その変化の根底にあるのが文体の問題だろう。

「純文学」と「大衆文学」の区分は基本的には無意味なものとするべきだ。しかしあえて線を引くならば、「文体」そのものが主題となりうるのが純文学であり、プロットの効果を高めるために文体に工夫をこらすことはあってもそれ自体が主題となることがないのが大衆文学だとすることができるだろう。村上の小説は「大衆文学」の作家よりはるかにリーダブルであるのだが、しかし彼が紛れもなく「純文学作家」であるのは、文体の問題を創作の基底に据えているためである。

村上が三人称の「ヴォイス」の獲得に苦闘したと書いたが、『海辺のカフカ』は『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』の、『1Q84』が『ねじまき鳥クロニクル』の、『多崎つくる』が『ノルウェイの森』の「語り直し」という色彩を強く持っているのはその表れでもあろう。これらの作品はかつて一人称で書かれた作品を三人称で書き直す試みという側面も持っている。この試みが成功しているか否かの評価は様々であろうし、個人的には長編における村上の「変化」は成功したとは言い難いと思っている。ただこの文体の問題を抜きに、「昔と似たようなストーリー」「複線が回収されていない」といった(あえてこの言葉を使うと、「大衆文学的」な)批判は的を外たものだとしていいだろう。


『フラニーとズーイ』についての解説は図らずも(?)村上春樹自身による村上春樹論としても読めてしまうのだが、近年は「翻訳家村上春樹」が「小説家村上春樹」に侵食され気味な傾向もある。

「翻訳家村上春樹」についてよく語られるのが、小説家としての「色」の問題である。例えばレイモンド・カーヴァーの翻訳について、カーヴァー作品の主人公の多くが白人労働者階級であるにも関わらず、村上訳ではあたかもミドルクラスの物語にようにも読めてしまい、小説家村上春樹の「色」が強く出すぎているという批判がある。

翻訳とは究極の精読ともいえる作業である。そして訳文には訳者の批評眼が抜きがたく浮き出てしまうのも仕方のないことでもある。最もわかりやすい例でいうと、男性の一人称を「僕」「私」「俺」のどれを選ぶか、漢字にするのかひらがなにひらくのかによってその人物の印象はかなり変る。いい年したブルーカラーが「僕」というのはおかしいのではないか、と村上によるカーヴァーの翻訳についてもこの一人称が問題とされることが多い。

『翻訳夜話』において、村上はカーヴァーの「収拾」についてのワークショップでこの問題に触れている。
「僕がこれを訳したときに、ずいぶん気になったことは覚えているんだけど、人称の問題ですね。「僕」にするか、「私」にするかという問題、これはものすごく悩んだ覚えがあるんですよ。それだけは覚えている。でも結局「僕」にしちゃったんですよね。というのは、「私」だとはまりすぎるような気がしたんです。だからあえてここは「僕」にしたんだろうなという気はするんですよ。普通の人だと八〇パーセントから八五パーセントぐらいは「私」でいくんじゃないかな。この話はね」(pp.183-184)。
さらにこう続けている。「『ねじまき鳥クロニクル』という本を書いたんですが、主人公は失業しているんです。その冒頭のシーンで彼は昼食にスパゲッティを作っている。で、文芸評があって、失業者がスパゲッティを作っちゃいけないって批判された(笑)。僕は知らなかったんだけど、失業者はやっぱり失業者のイメージを守らなくてはいけないんですね。「僕」という人称は一般的に失業者になじまないと思われるところがあるかもしれない。だからあえて「僕」にしたということはあります」。

カーヴァー作品を「プロレタリア文学」的に読むというのは、不可能ではないにしてもやはりその可能性を狭めてしまうことになるだろう。プロレタリア文学を貶めるつもりはないが、カーヴァーには別の可能性が開かれている。「僕」という人称をあえて使ったのは、違和感を生じさせることによってその可能性を示そうとしたという、批評的作業でもあったとできよう。これに対して「訳者」としてその「過剰」さを批判もできるが、単に「手癖」の問題で片付けるべきではないだろう。


そしてこれも肯定的、否定的反応に分かれるだろうが、近年の「翻訳家村上春樹」はこの「批評眼」をより強く押し出すようになってきている。

『グレート・ギャツビー』には「old sport問題」がある。

「僕が『グレート・ギャツビー』を翻訳しているというと、アメリカ人はまず「じゃあ、ギャツビーの口癖であるold sportはどう日本語に訳すのですか?」と質問してきた。当然といえば当然の質問である。もしアメリカ人だったら、僕だって同じ質問をすると思う。それに対して僕が「そのまま『オールド・スポート』と訳します」と答えると、彼らは一様に困った顔をした。そして「何か適当な日本語の訳語を見つけるべきではないのですか?」と言った。もちろん僕としても「何か適当な日本語の訳語」があれば、喜んでそれを使っていたと思う。しかし適当な訳語はとうとう見つからなかった。ご理解いただきたいのだが、僕はこのold sport問題について、もう二十年以上にわたって「ああでもない、こうでもない」と考えに考えてきたのだ。そして二十年後に首を振りながら、これはもう「オールド・スポート」と訳す以外に道はないという結論に達したのである。決して努力を怠り、安易に原語に逃げたわけではない。「オールド・スポート」は「オールド・スポート」でしかなく、「オールド・スポート」以外のものではあり得ないのだ。僕はそう思った。大げさに言えば、そう腹をくくったのだ。もちろんこの言葉が些細な場面で一時的に使われているのであれば、適当な訳しようはいくらもある。それはただの技術的な問題になってくる。しかし作中の重要なキーワードとして使われている以上、そのままのかたちを残す以外に手はなかった。
   (中略)
「オールド・スポート」はおそらくは英国人の当時の言い回しだったのだろう。今のold chapに近いものだったはずだ。どちらにせよ、アメリカ人はまずそういった表現は使わない。似たような表現をアメリカ英語に求めるなら、おそらくmy friendになるだろう。ギャツビーはたぶんオックスフォードに在籍しているときに、この言い回しを覚えたに違いない。そしてアメリカに帰ってきてからも、身に付いた口癖として、またある種の気取りとして、その言葉を使い続けていたのだ。そういうギャツビーの生来の演技性――それは胡散臭くもあり、同時にナイーブでもある――を、フィッツジェラルドはこの呼びかけの言葉を通してほんのり示唆しているわけだ。そしてそのような見え透いた俗物性が、ピンク色のスーツや黄色のスポーツカーと同じ文脈で、本物の上流階級の中で育ってきたトム・ブキャナンの癇にいちいち障ることになる。そういうニュアンスを正確に示唆する日本語は、僕の知る語彙の中にはとうとう見つからなかった。たとえ二十年という歳月をかけても」。

長く引用してしまったが、これは『グレ-ト・ギャツビー』の「翻訳者として、小説家として――訳者あとがき」からである。

「old sport」を「オールド・スポート」とすると知った時には、正直にいうならば僕も拍子抜けしてしまった。しかし、もしこれを「親友」や「我が友よ」といった訳語を与えていた場合に、アメリカ人、とりわけブキャナンのような当時のアメリカの上流階級の人間が感じるであろう腹立たしさや滑稽さというものを「再現」できているのかというと難しい。カタカナで「オールド・スポート」とすることによって、その違和感を語感として残そうとしたというのが村上の狙いであったのだろう。この言葉を使うことは、ジェムズ・ギャッツがジェイ・ギャツビーというキャラクターを作り上げるということが、いかに哀しくも滑稽なドン・キホーテ的試みであるかを端的に示すものなのである。
この文章がただの「訳者あとがき」ではなく、「「翻訳者として、小説家として」とされているように、純粋な翻訳者としては「越権」行為にもなりかねない批評的視点を訳語に持ち込んでいるとすることもできよう。

村上が近年古典や「準古典」作品の翻訳多くするようになったのもこのあたりの影響なのかもしれない。カーヴァーのような同時代の作家の作品に批評的視点を多く導入してしまうと、結果として元の意図とは逆に作品の解釈を制限しかねない。その点古典や準古典であれば複数の訳が手に入ることから相対化することが可能になる。

「第三の新人」を中心に論じた『若い読者のための短編小説案内』は村上の批評眼の鋭さを印象付ける優れたものとなっている。この続編を待望する声は多いが、ある意味では近年の翻訳は、翻訳という作業を通じてアメリカ文学版を行っているとすることもできるのかもしれない。

『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を刊行する際に、村上は版元の白水社に野崎孝訳『ライ麦畑でつかまえて』をそのままの形で残すように求めている。これはファンの多い野崎訳に対する配慮でもあろうが、自身の『キャッチャー』の翻訳が批評的視点を導入していろとからくる「癖」の強いものであることを承知しているということでもあるのかもしれない。

「翻訳入門」の類で「いろはのい」として言われるのが人称代名詞を律儀に訳出する必要はないということだが、村上は『キャッチャー』において「you」を多く訳出している。
『翻訳夜話2 サロンジャー戦記』において村上はこう語っている。「『キャッチャー』の場合、語り手であるホールデンがyouに向かって語りかけているというかたちをとっているわけですね。そのyou=語りかけられる存在をどういうふうに捉えるか、どこまで具体的に訳出していくかということで、文章の感じはけっこう違ってくるんです」(p.24)。

『キャッチャー』の「語り手」の問題については前にこちらでちょっと触れたことがあるので参考までに。

このように、『キャッチャー』に村上はその批評的見解を訳文に溶け込ませている。もちろんあらゆる文学作品の翻訳にとってそれは避けられない宿命であるのだが、村上はそれをかなり意識的に強く押し出している。このような手法を用いることについての賛否はあろうが、この意図を抜きには『フラニーとズーイ』の新訳について語ることはできないであろう。


ついでに付け加えると、村上春樹受容史や文体の問題は「NHKラジオ 英語で読む村上春樹」2014年2月号に収録されている小澤英実、、大和田俊之、諏訪部浩一の三氏による鼎談でも扱われていたが、この鼎談はなかなか面白かったので、このあたりに興味のある方は手に取られては。


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佐藤太郎(仮)

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