『アーレント=ハイデガー往復書簡集』

『アーレント=ハイデガー往復書簡集』




1924年、35歳の妻子持ちの哲学教師と
18歳の女学生とが出会い、恋に落ちた……

こう言うとなんだか恋愛小説の書き出しのようだが
これは実際にあったお話。
しかもその哲学教師はかのマルティン・ハイデガーであり
学生はハンナ・アーレントであった。

哲学に多少でも興味ある人ならこのエピソードは
当然知っているわけだけれども、
あらためてこの書簡集を読むとなんだか不思議な気分になる。

これもあらためて言うのもなんだけどハイデガーはナチにコッミトメントし、
アーレントはユダヤ人でありフランスへ、そしてアメリカへの
亡命を余儀なくされた。
この事実を持ってしても二人は終生通じ合っていた。

恋愛劇として見てもかなり奇妙な関係でもある。
ハイデガーは家庭を捨てることはなく、
アーレントも別の男と結婚した。
さらにはハイデガーの妻は二人の関係を知ってしまう。

しかしアーレントとハイデガーの妻は手紙を交すような関係でもあり、
しかも手稿の売却なんてかなりデリケートなことまで
ハイデガーの妻はアーレントに相談までしている。

僕は哲学者、思想家のハイデガー、アーレントについても
興味を持ちつつ今一つピンとこない感じなのだけど
こういう関係というのはなんと言ったらいいのやら。
哲学に関心のある人以外にも興味深い恋愛劇の
一次資料なのでありますが。

本書は1925年から1975年までの二人の書簡集。
1925年のハイデガーからアーレントへの手紙を引用してみよう。

 デモーニッシュなものがぼくをひっつかんでしまった。
きみのかわいらしい手のひそかな祈りと、きみの輝く額が、神々しいばかりの女性的変容のうちに、それを危険から護ってくれたのだ。
 こんなことがぼくに起きるなんて、いまだかつて一度もなかった。
(中略)
どうか、ハンナ、ぼくに数語なりとも贈ってください。きみをこのまま行かせてしまうなんて、ぼくにはできない。
 旅立つまえで忙しいことでしょう。でもほんの少しでいい、<美しく>書いてなくてもいい。
 きみなりの書きようで。大事なのはきみが書いてくれたということだけです。(p.7)


しかしこのようなラブレターが延々と続くのでもない。
1932年から33年に書かれたとされる手紙では
ハイデガーが反ユダヤ主義者だという噂が広がっていることへ
の弁明を行っている。

そして戦後は、二人は人目を忍ぶ恋人というよりも
師弟であり良き友へと……と思わせておいて59年に

最近、『スペクトルム』できみのたいへん美しい写真を拝見。遠いむかしを思い出させます。
                                 (p.121)


なんて、おっさん未練あんじゃねーの、なんて手紙も出している。
やっぱりなんと言ったらいいものやらで。

ハイデガーの方がアーレントより17歳年長でありますが、
アーレントの方が早く亡くなります(1975年)。
気落ちしたのかハイデガーも翌1976年に亡くなります。
これも有名な話ですが結局ハイデガーは最後までナチに関わったことへの
反省の弁を述べることを拒否したのでありました。

本書を資料に書かれたノンフィクションと小説。




二人の伝記。




ハイデガーといえばやっぱり『存在と時間』か。
一応は読みましたよ、一応は。
アーレントは、昔は『全体主義の起源』と
『アイヒマン』という感じだったかもしれないけど
最近は『人間の条件』も再注目か。
これらも一応は読みました。一応は……ほとんど忘れとる……




プロフィール

佐藤太郎(仮)

Author:佐藤太郎(仮)
shopliftersunionあっとhotmail.co.jp

最新記事
月別アーカイブ
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
カテゴリ
twitter
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR