呑気と危機

前回ハンナ・アーレントについて書いたが、
ユダヤ人である彼女はナチスから逃れるためまずはフランスへ、
そしてアメリカへと亡命した。

ユダヤ人のヴァルター・ベンヤミンもまずはフランスへ逃れた。
しかしその後フランスからの脱出に失敗。
結局追い詰められて(と、本人は思って)毒を仰ぐ。

ベンヤミンの伝記などを読むと誰もが思うのが
なぜもっと早くフランスを脱出しなかったのかということだろう。

しかし「呑気」に構えていたのはベンヤミンに限ったことではない。
彼の「盟友」でもあったユダヤ人のアドルノは比較的早くに亡命に成功したが
その後危険を犯してドイツ圏内に戻ったりしている。
何としても帰らなければならない理由があったというより
事態の深刻さを正確に認識していなかったのだろう。

ウィトゲンシュタイン家はユダヤ系にして
オーストリア屈指の大富豪であった。
ナチスがオーストリア併合後も残っていたウィトゲンシュタイン家の人々は
国を離れることを拒み、すでに外国に行っていた
ルートヴィヒやパウルの尽力と、莫大な財産によってなんとか生き延びた。

フランスでは、ユダヤ人であるレヴィ=ストロースが兵役にとられ、
その後アメリカへの亡命に成功したものの
本人の回想『遠近の回想』では危機感は薄かったようだ。

ナチ関連の本を読んでいると、しばしユダヤ人が
自らの運命に対してかなりの楽観視していた記述にでくわす。
彼らはなぜ「呑気」に構えていたのだろうか。
そう、まさかこんなことになるとは思わなかったのだ。

日本に目を移してみよう。
河合栄治郎は筋を通した自由主義者として名高い。
しかし彼はある時期までは反マルクス主義に熱心であり、
国家主義への危機感は薄かった。
彼が国家主義への抵抗を始めた時には、
社会状況はもうどうにもならないところまで展開していた。

なぜ今こんなことを書いているのか。
もちろん今の日本の状況にかなりの危うさを感じているからだ。
今、素朴な形でのファシズムが権力を握るということはないだろう……
しかしそのような「安心感」、こそが危機を招くのかもしれない。

小泉政権を「ファシズム」と罵る人がいた。
これは大袈裟な罵倒だったのだろうか。
問題は小泉純一郎という人間のパーソナリティではなく、
あの政権を取り巻いていた雰囲気であった。
それが最もグロテスクな形で露呈したのが
あのイラク人質事件であった。

僕は小泉政権をファシズムだったとまで断じるのではない。
しかし、日本という国はやはりファシズムに対して
親和的なのだということを見せ付けられて、
本気で恐怖心にかられたものだった。
これが僕がただのパラノイアであるということだけであれば
どれだけいいことか。

昭和5年頃、どれだけの日本人がこれからの15年が
あのようなものになると想像していただろか。

NHKのニュースがしょうもないナションリズムを
扇情的に煽り続けるのを見ると気持ちは暗くなるばかりだ。

そして6日、朝日新聞に目をやると
曽我豪編集委員が小泉進次郎を褒め称えている。
例の曽我か、といえばそれまでなのだが、
やはりメディアのタガが外れてしまっているというのは
否定しようもない現実なのであろう。



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佐藤太郎(仮)

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