チェーホフの奨学金

「群像」で沼野充義さんの「チェーホフとロシアの世紀末」という連載が始まり、第一回ではチェーホフの不幸な子ども時代が取り上げられている。これを読んで、ちょっと前にチェーホフ関連の本をパラパラと見返していて、昔はなんとなく読み飛ばしていていたところにちょっと引っかかったことを思いだした。

アントン・チェーホフの父親は雑貨商を営んでいたが、チェーホフが16歳の時に破産し、一家離散となってしまう。両親はすでに家を出ていた長男と次男に頼るためにモスクワへと向かう(といってもどちらもまだ自活できていない状態なのだが)。アントンは一人残され、人手に渡った元の家で屈辱の居候生活をし、家庭教師などのアルバイトをしながらギムナジウムに通い続ける。そして奨学金を手にするとモスクワ大学医学部に入学し、学業のかたわらで苦しい家計の足しにするためもあり雑誌に小品を書くという生活を始めることになる。

……と、ここで引っかかったというのが当時のロシアの奨学金事情である。チェーホフの祖父は元農奴であり、チェーホフ家はいわゆる名家ではない。またチェーホフはあまり学業に身が入らず、成績は悪くはなかったが超絶的に優れていたというわけではなかったようだ。こんなアントン少年がいかにして大学に通える奨学金を手にしたのかについて、今まで読んだ本で詳しく触れてあったものはなかったように思う(チェーホフ研究を網羅的に目を通しているわけではもちろんないので、単に不勉強なだけかもしれないが)。

アントンのような家柄も良くなく、成績がずば抜けていたわけでもない子どもがあっさりと手にできるほどロシアの奨学金は配慮されていたのだろうか。何らかのコネでもあったのか、それともただの幸運な偶然なのだろうか。このあたりは19世紀後半のロシアの奨学金事情にはまるで知識がないものでよくわからない。

もちろん当時のロシアの社会情勢と現在の日本のそれとを比較するのは馬鹿げているといえばそうなのだが、まともな奨学金制度があまりない日本の現状というのを思い浮かべると、いろいろと考えてしまうところでもある。



このついでにこちらもふと思い出してしまったのだが、『50/50』という映画があった。



ジョセフ・ゴードン=レヴィット演じる27歳のアダムがある日ガンであることを宣告されるという「難病もの」ではあるが、日本のそれとは比べ物にならない、笑えて泣けるいい作品であった。
このアダムはラジオ局に勤めるジャーナリストである。ガンの治療にはかなりの金銭的負担があるのだろうが、おそらくは正社員なのでそれなりにきちんとした保険に入れていたのだろうが、もしこれが失業中であったり無保険状態だったら……と考えてしまうとぞっとしてしまう。

アメリカでは医療費がかさんでの破産というのが相当数あるとされているが、このあたりは「オバマケア」によってどう変わっていくのだろうか。
日本でも皆保険制度への攻撃はこれからどんどん強まっていっていくのだろうし、このぞっとする気持ちは国民皆保険制度のないアメリカ人のみが味わうものではなくなっていくのだろう。


世の中がこう世知辛いと、何を見てもこんなことばかりを考えてしまったりする今日この頃であります。



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佐藤太郎(仮)

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