『ワールズ・エンド』

『ワールズ・エンド』




サイモン・ペグとニック・フロストが一緒にいるだけでわくわくしてくるし、ましてやエドガー・ライト監督とくればなおさらである。80年代から90年代にかけての音楽を中心としたポップ・カルチャーにSF、ゾンビ、ホラーなど様々な映画からの引用、パロディ、オマージュを駆使するのはおなじみの手法。さらに本作は『ショーン・オブ・ザ・デッド』を『ホット・ファズ』合わせたかのような展開にもなっている。

ただ『ショーン・オブ・ザ・デッド』と『ホット・ファズ』が素晴らしかっただけに、気になった点がいくつかあったというのも正直なところだった。


ペグとフロストの関係がこの作品では入れ替えられているのだが、個人的好みではこのあたりは偉大なるマンネンリズムでもよかったのになあとも思う。また導入部で「愛してる」とまでしてファンに目配せしたわりには二人の過去についてそれほど深められることもなく、またひねりもなかったため、前半にかなり詰め込んだ一方で後半は逆にいささか単調になってしまったという印象もある。


「正しさ」や「清潔さ」を過剰に求めていくことは抑圧や暴力へと容易に転化していくというのは『ホット・ファズ』と共通するテーマである。人間には愚かで無意味で非生産的な馬鹿げた行為をする権利がある!というのには大いに共感するのではあるが、ちょっと「正しさ」を批判する「正しさ」というのが直接に出すぎてしまっているようにも感じられてしまった。

とはいうものの、ここでジェイソン・ライトマン監督の作品と比較してみたい。
ペグのキャラクターはノスタルジーに耽溺してしまうということではライトマンの『ヤング≒アダルト』の主人公と近いものがあるかもしれない。しかし『ワールズ・エンド』では「都合のいい記憶」をある程度批判的に取り上げながらも、過去の忘れがたい瞬間の記憶を冷酷に切り捨てるのではない。あのような記憶を持ち続けることは、空しくも絶望的なことかもしれないが、だからといってあの光景が美しいものであったことには違いないのだから。

ライトマンの監督作品は優れたものであるとは思うのだが、その上段からのお説教めいた調子や結末にはかなり不快にさせられてしまう。しかしこの『ワールズ・エンド』からは、そしてエドガー・ライト、サイモン・ペグ、ニック・フロストのトリオの作品を見終えた後の感情はライトマン作品とは真逆のものである。

期待が高い分少々物足りなく感じるところもなきにしもあらずだが、やっぱりこのトリオは本当にいいものなんだよなあという気持ちには十分させてくれる。何よりも、昔なじみの友だちとビールをこれほど飲みたくさせてくれる作品はそうはないであろうし、それだけで成功しているといっていいのかもしれない。





プロフィール

佐藤太郎(仮)

Author:佐藤太郎(仮)
shopliftersunionあっとhotmail.co.jp

最新記事
月別アーカイブ
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
カテゴリ
twitter
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR