『鼻持ちならないガウチョ』

ロベルト・ボラーニョ著 『鼻持ちならないガウチョ』





五つの短編と二つの講演録からなる本書の原著が出版されたのは2003年10月のこと。つまりボラーニョが死去した約3ヵ月後である。ボラーニョは本書の原稿を編集者に渡した翌日に体調が悪化し入院、その2週間ほど後に亡くなってしまう。「訳者あとがき」によると、同じく死後に出版となった『2666』と同様に、ほぼボラーニョの構想通りの仕上がりになっているということでいいのだろう。

『2666』が圧倒的な質量によって読者を魅了するように、『野生の探偵たち』と合わせてついボラーニョを長編作家と考えたくなる。しかし当人はあくまで自分は詩人であるという意識があったように、その作風を含めボラーニョには様々な顔があり、本書はその多面的姿を浮かび上がらせてくれる。


表題作の「鼻持ちならないガウチョ」は、ブエノスアイレスの高齢の弁護士がアルゼンチンの政治的、経済的混乱を嫌って田舎の農場に引っ込もうとするが、そこでイメージしていた「ガウチョ」(「訳者あとがき」によると「カウボーイを思い浮かべてもいい」とのことである)のようにはとてもなれず、また期待したガウチョもいなかったという物語である。この作品は神話的に、あるいは冷酷で残酷な筆致で描くことも可能だったのであろうが、ボラーニョはほとんどコメディのように描き出す。当然ここには『ドン・キホーテ』の反響を見出せるのだが、作中に直接の言及があるように、ボルヘスの「南部」(『伝奇集』に収録)をふまえてもいる。

他の作品でもコルタサルやカフカへの直接のオマージュや言及に溢れているように、ボラーニョは自身の体験や中南米の政治、社会情勢と共に文学的遺産を縦横に活用するタイプの作家でもある。しかし、しかつめらしい顔をして眉間にしわをよせたり、難解なほのめかしにあけくれるというよりは、これらを大胆不敵に血肉にしていく。

講演である「文学+病気=病気」は、ボラーニョの体調とそれにまつわる不安を窺わせる痛々しくも思えてしまうものではあるが、ここでボラーニョは文学的遺産を羽に奔放に想像力を横溢させる。
また同じく講演の「クトゥルフ神話」では同時代の作家の具体名を山のようにあげ、俗に流れるのをおそれずに挑発的なユーモアで読者に、そして作家たちに饒舌に語りかける。

冒頭に置かれた散文詩のようにも読める「ジム」からこの講演録まで、ボラーニョは多様な顔をのぞかせつつ、やはりどこを切り取ろうともボラーニョはボラーニョなのだということもまた堪能できる。



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佐藤太郎(仮)

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