『グランド・ブダペスト・ホテル』

『グランド・ブダペスト・ホテル』



ウェス・アンダーソン作品は決して嫌いではないし、観れば楽しめるのだが、これまで同時に今一つ乗りきれないところもあった。その独特の作品世界から「必然性」(というとちょっと違う気もするのだが、この辺の違和感をうまく言語化できないものでとりあえず)を汲み取ることができないために、「閉じられている」印象が勝ってしまうせいだったのかもしれない。

『グランド・ブダペスト・ホテル』は個人的に抱いていたそのような違和感を払拭してくれる作品であった。
この作品は一見すると不必要に思えるほど複雑な語りの構造を持っている。「現在」の少女が読んでいる本を書いた「作家」が1968年を振り返り、そこで1932年に起こった出来事の話を聞くという設定になっている。伝聞と記憶とによって作り上げられた世界を、さらに本を読んでいる少女の目を通して観客は追体験するという形になっている。従ってあの絵本の中のおとぎの国のような最盛期のグランド・ブダペスト・ホテルの外観は、実際に存在したものなのか、30年以上前の出来事を語る人物が作り上げたものなのか、作家が虚構化したものなのか、少女が想像力によって補完したものなのかは観客にはわからないのである。
「人工美」を感じさせるというよりもほとんど強迫観念めいているといっていいほどのシンメトリーの連打と色彩とは、まさにこの何重にも塗りたくられた世界を表すものとなっている。


『グランド・ブダペスト・ホテル』はシュテファン・ツヴァイクにインスパイアされたものであり、グスタフの外見は明らかにツヴァイクを意識したものであろう。しかしこの作品は直接にツヴァイクを描いたものではなく、ツヴァイクについてまるで知識がなくともプロットが理解できないということはない。ただ作品全体にはツヴァイクがナチスから逃れる亡命生活の中、絶望感と戦いながら書いた自伝『昨日の世界』の影に覆われている。

『昨日の世界』の感想に書いたように、トーマス・マンは第一次大戦によって「ヨーロッパ」的理想が完全に潰えたことを喝破していた。しかしツヴァイクは第一次大戦後もまだその希望を捨てずにいた(あるいはその幻想にしがみついていたとすることもできるかもしれない)。そのマンは「戦闘的ヒューマニズム」の旗を降ろさずに、ナチスと戦い続けた。一方ツヴァイクは、亡命先のブラジルで絶望にかられ自ら命を絶つことになる。

ツヴァイクの絶望がより深かったのは、ヨーロッパの理想を信じ続けていたことに加え彼がユダヤ人であったことが強く作用していたことは当然であろう。ツヴァイクは「ヨーロッパ」という普遍的価値の擁護者であり、何よりもまずコスモポリタンであり、ユダヤ人であるという意識は薄かったのであるが、そのツヴァイクがユダヤ人であることによってナチスに追い詰められていいったのであった。

グスタフが巻き込まれる「陰謀」はナチスによるユダヤ人迫害の暗喩でもあり、危機に陥ったグスタフが頼る、ネットワーク化された世界中のコンシェルジュたちの互助精神は、ツヴァイクが信じた「普遍的ヨーロッパの理想」の暗喩ともなっているのだろう。

徹底的にカラフルな色彩に溢れ、暴力描写ですら軽快なユーモアに包まれていた作品世界は一転してモノクロとなり、決定的な「暴力」のその瞬間は直接描かれない。観客は「普遍的ヨーロッパの理想」が消え去った後の世界の住人であり、1932年と1968年の間には埋めようもない断絶が存在しているのである。


ツヴァイクは生前は世界中で読まれる高名な作家であったにも関わらず第二次大戦後は次第に忘れられた作家となっていたが、ここにきてまた再び注目を浴びつつある。『グランド・ブダペスト・ホテル』もその一助にはなっているが、それとは必ずしも関係のないところからも再評価の声は高まってきていた。

この作品はツヴァイクその人を描いたものではない。しかしプロットにおいても映像構成においても、ツヴァイクを、ツヴァイクが見たものを、そしてツヴァイクの死後にそれらが記憶され続けていくことの困難さと可能性を、ウェス・アンダーソン独自の世界を崩すどころかさらにそれを追求することによって描いている。


ツヴァイクについて事前に調べていかなければこの作品が理解できないということはないが、『昨日の世界』は読んでおいた方が掴みやすくはなると思う。
またジャック・ベッケルの『穴』やヒッチコックの『恐喝』からの、かなり直接的な引用はめずらしいような気もしたがどうなのだろう。僕は映画史的教養というのはまるでないが、たまたまこの二作は観ていたので気づいたが、観る人が観ればもっといろいろあるのでしょうが。


あと、ジュード・ロウがちょっと若い頃のユングっぽいように思えて途中までそれがちょっと気になってしまった。ユングはスイス人で、スイスという国もユング自身もナチスとの関係ではいろいろと問題があったのだが、さすがにこれは偶然なのだろう。でもやっぱりメガネと髭の感じとか結構似てるんだよなあ。少なくとも『危険なメソッド』のマイケル・ファスベンダーよりは外見のそっくり度は上のような気がしてしまった。


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佐藤太郎(仮)

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