80年以上前から

チャルマーズ・ジョンソンの『ゾルゲ事件とは何か』を読んでいたらこんな箇所があった。戦前の司法制度について、ジョンソンはハロルド・キグリー(Harold Quigley)の著作から引用している。

「これ(予審)は大陪審による事実審査に代わるもので、もし被告が起訴事実に対し無実を主張し続けた場合数ヶ月ないし数年もかかる時があった。というのは、審理に入る前に自白を得ることこそ、検察官が代表する国家の目的だからだ。人身保護令状という手続きがないまま、被告は無力で、だらだらと尋問を受け、しばしば長期拘留された。起訴に先立って、予審が行われている間は弁護士に頼ることはできない。予審は非公開に行われる」 (p.275)

まるで現在でも行われている「人質司法」についての描写のように思えてしまうが、引用元のキグリーのJapanese Governmennt and Politicsの刊行は1932年のこと。日本における刑事司法のメンタリティというのが80年以上前からほとんど変っていないのではないかとゾッとしてくる。こんな状態がまかりとおってしまうのも、日本人のマジョリティの人権意識がこの頃からほとんど変っていないということなのだろうし、最近とみにそのことを実感させられてしまう。


『ゾルゲ事件とは何か』の原著初版の刊行は1964年。岩波現代文庫版は1990年の増補版を底本としている。ジョンソンは90年の増補版で「私がこの本で行った分析の主たる部分は、出版時同様に今でも正確なものであると信じている」としている。確かに当時広く信じられていた伊藤律端緒説からは距離を置いていることなどに注目できる。なお伊藤律端緒説がいかに形成され、長く信じられてきたかについては本書の解説を担当している加藤哲郎の『ゾルゲ事件』で詳しく論じられている。

また解説では著者のジョンソンについても触れられている。もともと日本で中国革命について勉強していたジョンソンは尾崎秀実の中国についての著作を紹介される。尾崎の高い見識に舌を巻くとともにその生涯にも関心を持ち、これをきっかけにゾルゲ事件について調べ書かれたのが本書である。ジョンソンは1970年前後には中国の専門家としてCIAの国家情報評価部の顧問となるが、おりしもベトナム戦争がもっとも激化した時代であり、このことはジョン・ダワーら反戦派の日本研究者などから強い批判を招く。70年代後半には『通産省と日本の奇跡』を書き、ヴォーゲルの『ジャパン・アズ・ナンバーワン』とは「異なる批判的視角で「日本の成功」を論じ」、日米経済摩擦下では「対日強硬派として著名になり、その学問的ルーツよりも、時局への発言で知られるようになった」。
冷戦が崩壊しソ連解体以降は、今度は「ジョンソンは「アメリカ帝国主義」とそのアジア政策を批判する急進平和主義者として知られるようにな」り、晩年のアメリカの政策を批判した著作はいくつか翻訳が出ている。

ジョンソンが時代によって意見や立場を変え続けていたのか、あるいは当人として一貫した原則に基づいて行動していたつもりであったのかについてはわからないが、ジョンソンについても伝記が書かれるべき人物でもあるのだろう。






これはこのキグリーの本なのかな?



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