『自閉症の君は世界一の息子だ』

ポール・コリンズ著 『自閉症の君は世界一の息子だ』




ポールとジェニファーの息子モーガンは元気一杯の男の子だ。何の問題もなくすくすく育っていると二人は考えていた。しかし三歳児検診に連れていくと医師から思わぬ言葉をかけられる。「モーガン君は発達障害診断テストを受けたことがありますか」。
医師はモーガンがこの五分間一言も口をきかないこと、名前を呼んでもおもちゃを振っても反応しないことを指摘した。ポールはとまどいながら反論する。こういう性格の子なだけだし、一歳でアルファベットを覚えたし数だってもう二十まで数えられるんですよ。でも、確かにモーガンは言葉を発するとしてもおうむ返しであり、こうしなさいと命令されてもそれに反応することがなかった……


巻末にブックガイドがついているが、医学的見地から自閉症について書かれた本は数多くあるし、家族、自閉症当事者による回想も珍しくはない。本書の特徴は、息子が自閉症である可能性を指摘された夫婦がとまどいつつそれを受け入れ、モーガンをどうやって育てていこうかという家族の記録と、自閉症という概念の発見などの医学史とが一冊に溶け合っていることだろう。第一部ではモーガンへの診断にとまどう夫婦と、当時コリンズがたまたま調査していた野生児ピーターの話とが平行して語られる。コリンズはモーガンのことを気にかけながらピーターの調査を続ける。そしてある本の中で、ピーターについて「自閉症の初期の症例」としてあることを発見するのであった。

このように、コリンズらしく歴史に埋もれている様々な人物や出来事が描かれている。
自閉症なる概念が存在しなかった時代には病院に押し込められ陰惨な生涯を送る人が多かったであろうし、あるいは天才ゆえの変わり者、またはただの変わり者だと考えられていた人が自閉症であったのかもしれないということもあろう。かつては「才能はあっても不器用な大人の自閉症者」が親と同居し続けるのはそう奇異なこととは見なされていなかったが、社会的に成人した子が親と同居していることへの否定的な見方が強まる現代に近づくことでかえって生きづらくなったという面もあることだろう。

医学史的には、ハンス・アスペルガーはウィーンで、ウィーン出身のとレオ・カナーはボルチモアで、それぞれが互いの研究を知ることなく同じ「自閉症」という言葉を作り出していたという偶然がある。そのウィーン出身でフロイトの高弟だったと考えられていたブルーノ・ベッテルハイムは、自閉症の原因は親の愛情不足にあるとしてシカゴで自閉症の子どもたちを親から引き離して施設に収容したが、実はベッテルハイムはフロイトの教えなどろくに受けておらず、心理学者ですらなく、子どもたちを殴るなどの虐待をしていたことなどにも触れられている。コリンズはベッテルハイムに非常に厳しく書いているために異論のある人もいるかもしれないが(ベッテルハイムの『フロイトのウィーン』については前にこちらに感想を書いたが、こういうことになっているとは知らなかったものでぎょっとしてしまった)、コリンズも参考文献にあげているThe Creation of Dr. Bこちらの書評を読む限りでは、このような評価が妥当なのだろう。


また両親とモーガンの体験を通じてアメリカの自閉症の子どもへの教育の取り組みのルポルタージュとしても読め、単なる「感動もの」ではなく実践的な本でもある。
実はモーガンが自閉症と診断され、自閉症について調べていくうちに、コリンズ自身が幼少期に「発作」をよく起こしたために「特殊学級」に入れられていたことを思い出す。かつてであれば性格の問題や、あるいは知的障害などと考えられていた子どもたちが、早期に適切な教育を受けることができるようになってきていることは間違いないだろう。しかし親が子どもが自閉症だと頑なに認めなかったり(コリンズも当初は医師の判断を馬鹿げたことだと思い込もうとした)、あるいは診断からもれてしまう子も当然出てしまうであろうし、ましてや自閉症の子どもへの支援体制が整っていない国や地域では、今でも困った聞かん坊といった扱いをされてしまっていることも多いだろう。また支援体制がかなり整っているように映るアメリカだが、実際に親の立場となると様々な葛藤と不安を抱え続けることには変りはなく、そのことも率直に書かれている。

このように歴史、医学史的にも興味深いエピソードが多いが、本書で一番読みごたえがあるのはやはりこの夫婦と友人でベビーシッターでもあるマーク・トーマスとが、モーガンとその自閉症とにどう向き合っていったかの記録の部分であろう。一方通行だったモーガンが呼びかけてくれたとマークが大喜びする場面があるが、そのような「普通のこと」(と多くの人が当然のごとく考えてしまうこと)がいかに大変であり、また「パパ」「ママ」と子どもが呼びかけてくれない、いくらこちらが話しかけても無反応であることの辛さというのも痛感させられる。それだけに最後のある出来事にはやはり涙を禁じえなくなる。


画家であるジェニファーもトーマスと共著でDifferent Like Meという絵本を出している。



こちらでジェニファーとポーールのインタビューを聞くことができる。




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佐藤太郎(仮)

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