『ジミー、野を駆ける伝説』

『ジミー、野を駆ける伝説』



1932年、ジミーが10年ぶりにニューヨークからアイルランドの小さな村に帰ってきた。かつての闘士も老いた母を助けながら静かに暮らそうとする。しかし村の若者たちから、かつてのあの「ホール」を再建してほしいと懇願される。ジミーが中心になり、詩や絵画や木工からボクシングまでが教えられ、音楽やダンスを楽しめた集会所は、ジミーがアイルランドを逃れた後ずっと放置されていた。ジミーは集会所を再建する決意を固めるが、神父や地主など保守的な人びとはジミーと集会所への敵意をむきだしにする……


ケン・ローチ監督がアイルランドを舞台に歴史的素材を扱うとくれば、『麦の穂を揺らす風』を連想せずにはいられない。本作は『麦の穂を揺らす風』の時代から約10年後の出来事であり、また実際にも2006年公開の『麦の穂を揺らす風』から約10年後に撮られている。

両作とも非常にケン・ローチらしい作品ではあるが、その肌触りは大分異なっている。『麦の穂を揺らす風』は重苦しく陰鬱な作品であったが、『ジミー、野を駆ける伝説』もまた政治的闘争が描かれているのであるが、また楽しさにも満ちた作品でもある。これは二つの作品の舞台の時代の差も反映されているのであろうし、また撮られた時期を反映してもいるのかもしれない。


ただ生存するだけでなく喜びのために生きるのだとジミーは演説する。虐げられた者たち、貧しき者たち、因習に苦しめられる者たち、保守的な人びとにとっては、こういった者たちは跪いて生きるべき存在であり、その生き生きとした姿は警戒心と恐怖とを呼ぶものとなる。だからこそ集会所は目の仇とされる。これに抵抗するためには、人生を喜びに満ちたものにしなくてはならないのである。


本作のシナリオ上の欠点をいくつかあげるのは簡単だろう。「正義」と「悪」は固定的であり、とりわけファシストの「青シャツ隊」は類型化されている。またジミー以外の人物の描写が深められておらず、あんなことがあった後にどのように暮らしているのだろうと疑問を感じてしまう人物が数人いる。過去の回想が挿入されるがジミーがカリスマ性を獲得するきっかけが描かれないために、彼が成長したのではなく生まれつき特別な人物であったかのような印象を与えてしまいかねない。これらに物足りなさを憶える人もいるだろうが、むしろ「素朴」さの擁護であるとすることもできるかもしれない。


ケン・ローチは一貫して左翼であることが揺るがない監督である。しかし左翼性を追及していくといっても、そこには様々なアプローチの仕方がある。左翼の正しいあり方とは何かを理論的に追求していくと、いつの間にか隘路にはまりこんでしまうことにもなる。ケン・ローチがここで描く「左翼性」とは、暖かさであり優しさであり連帯である。これらをあまりに素朴な人道主義であると鼻で笑う人もいるかもしれない。しかし胸を張って我々は左翼だと言おう、そして我々がもたらそうとしているのは抑圧と不正からの解放であり、一人ひとりの喜びによって人びとはそこから解放されるのである、ケン・ローチはこう謳いあげているかのようだ。そういった左翼の「素朴」な出発点を、もう一度奮い立たせようとしているのかもしれない。

アンゲロプロスの『旅芸人の記録』にあったような「歌合戦」へと展開していきたくなる場面があるし、あるいはベルトルッチの『1900年』風の壮大な一大叙事詩へと仕上げたい誘惑もわくかもしれない。しかしケン・ローチはそういった「美学」的試みに対してはここでは抑制的であり、演出的にも、肯定的な意味での素朴さにつながっている。


「ジミーのホール」(原題)では、ジミーがアメリカから持ち帰ったジャズが大きな役割を果たすのは示唆的であろう。コミュニティの大切さをジミーたちは理解している。だがそれが因習に従うことのみを意味するのであれば、それはただの抑圧と化してしまう。ジャズの持つ「雑種性」によって人びとが笑顔で踊ることは、まさにコミュニティを更新していくことなのであろう。そしてある人物はそれに気付いているからこそ、変化を恐れあのような態度を取ることになる。


邦題についてはいろいろな意見があるかもしれないが、エンディングの場面はふと菅原文太主演山田太一脚本の『獅子の時代』を思わせるものがあるかもしれない(とかいいつつ僕は『獅子の時代』は見ていなくて、あらすじと最終回のラストだけしか知らないのだが)。これを意識したわけではないのだろうが、そういった連想を働かせるものになっている。


『麦の穂を揺らす風』はアイルランド史の知識がないと理解しにくいところもあり、『ジミー、野を駆ける伝説』も「予習」が必要なのかと思っている人もいるかもしれないが、こちらは字幕で当時の状況についての説明があり、それで十分に理解できるだろう。ストーリーとしてはいたってシンプルなので、知識がないことによってとまどう部分はないと思う。





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佐藤太郎(仮)

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